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声明・見解・報告

外部専門機関導入法制度への産業医部会意見を追加しました

外部専門機関導入法制度への産業医部会意見(pdf)

 

産業医有資格者、メンタルヘルスに知見を有する医師等で構成された外部専門機関を、

一定の要件の下に登録機関として、嘱託産業医と同様の役割を担うことができる

とした「建議」に基づく法(または省令)改定の中止を求める、産業医部会の見解

2011年9月15日  日本産業衛生学会 産業医部会幹事会

 

【本文】

(1)産業医の意見を反映しない産業医制度変更は極めて遺憾である

平成22年12月22日に労働政策審議会建議「今後の職場における安全衛生対策について」(以下建議)では、「職場におけるメンタルヘルス対策の推進」の名目で、健康診断でストレス調査を行うことと医師面接や事後措置に関する「新たな枠組み」を導入することが適当であるとされているが、それに対応する産業医の体制が不十分であるとの理由で、“産業医有資格者やメンタルヘルスに知見を有する医師等で構成された外部専門機関を、一定の要件の下に登録機関として、嘱託産業医と同様の役割を担うことができるようにする”(以下「外部専門機関」構想)という案が記載されている。このような大きな産業医制度の変更に関する案が、現場で中心的に産業保健に携わっている産業医の意見をほとんど反映することなく進められていることは、全国かつ多業種にわたる産業医が一同に会する唯一の学術集団である日本産業衛生学会産業医部会(以下産業医部会)にとって極めて遺憾なことである。そのため、これまで様々な問題点をあげ、意見を表明し、産業医部会等の現場で働く関係者の意見を取り入れるよう求めてきた1)2)。しかしその願いはかなわないまま、建議をもとにした法改正に突き進む動きも伝えられている。そこで、特に産業医活動現場に甚大な影響を与えると考えられる「外部専門機関」構想および「新たな枠組み」を中心に取り上げ、現時点で公開されている「建議」の内容をもとに、産業医部会としての意見を改めて述べるものである。

 

(2)産業医制度の基本政策のあまりに安易な変更は看過できない

建議は、平成22年11月22日に厚生労働省から出された「事業場における産業保健活動の拡充に関する検討会」報告書(以下報告書)の内容の一部をそのまま受けたものである。報告書ではメンタルヘルスに関する新たな枠組みを仮定した上で、必要な制度の一例として提案されているが、同時に「新しいメンタルヘルス対策の枠組みが整備されておらずニーズが正確に把握できない現時点において、産業医に代わりうるものとして外部専門機関との契約を認めることについては、現場の混乱が危惧される」として、「その影響等を見極めた上で慎重に判断すべき」という記載がある。しかし、報告書からわずか1カ月後に出た建議では影響の見極め等は一切触れられておらず、真剣に議論されたとは到底思えない。「外部専門機関」構想の導入は産業医制度全般に関連する内容となっており、“産業医と事業場の信頼関係”を原点とする、長年をかけて構築されてきた産業医制度に関する基本政策をあまりに安易に変更することとなる点で、看過できない。

 

(3)産業医業務を外部専門機関が請け負う構造における問題点

これまで産業医は事業者と個別契約し、作業場と労働者および周辺状況を観察し、担当する事業場の労働者の健康を確保するために必要な対策について、医の倫理に基づき、事業者に助言や指導および勧告を行い、労働者に保健指導や面接指導を行っている。その中で、労働者の職場復帰や就業適性の判断等において、労働者が不利益を被ることがないように、また事業者の利益をいたずらに損ねることのないように、労働者と事業者の双方から独立した立場で公平な判断を行ってきた。ここに「外部専門機関」構想を導入することは、医の倫理に基づく産業医の職務を、事業者と外部専門機関との商行為である請負関係に貶めることになるという危惧がある。

具体的には、①発注者である事業者からみれば費用の安さのみが請負者である外部専門機関を選別する要因になる危険性、②外部専門機関が契約を維持しようとして発注者の意思に沿った判断を行う危険性、③個々の事例について熟慮するよりも契約料金と時間の範囲で形式的に対処する危険性、④産業医契約を安価にして収益性の高い健康診断契約等の付帯事項に形骸化する危険性、⑤業務分担により事業場や作業を十分に観察しないまま医師が不適切な判断を行う危険性、などが考えられる。

外部専門機関と顧客事業者の個々の契約を“一定の要件の下に登録機関として”という部分で、全国で一つ一つ精査する監査を行い続けることは、事実上は不可能であると考えられる。

 

(4)「比較的小規模の事業場における産業医選任率の低迷」への対応について

 報告書では、従業員50~99人の事業場での産業医選任率が63.7%であることを例示し、比較的規模が小さい事業場において産業医等を確保する必要性に言及している。ここで引用した平成17年度の労働安全衛生基本調査によれば、同規模の事業場での衛生管理者選任率は72%、衛生委員会開催率は66.4%といずれも低迷しており、これらの値は事業者側の法順守意識の影響があることを示唆している。すなわち産業医制度だけを取り上げて「外部専門機関」構想を導入しても、何ら改善に結びつかない可能性が高いことは明らかである。法の不順守に対する罰則や監督指導体制を大幅に強化するなど、これまで十分に監督できなかった面への抜本的な対応が必要である。

 他方、産業医の選任を要する事業場は平成21年の事業場・企業統計調査では全国で16万4千箇所以上であり、なかでも従業員50~99人の事業場は10万2千箇所以上となっている。全国の産業医有資格者数は約8万人とされているが、平成21年度の日本医師会の答申によれば、産業医資格を取得した医師が事業場と契約できない状態が多くの都道府県で認められているとされている。このことは産業医有資格者の偏在問題や、産業医を求める事業者と契約先を求める産業医有資格者の間をマッチングする機能が乏しいことを示している。地域によっては都道府県医師会や地区医師会で産業医部会を設立し、名簿の整理に取り組む動きも出てきており、マッチング機能を強化することが拙速な制度変更よりも優先されるべきである。

 

(5)「産業医の活動時間や頻度が十分でない事業場の存在」の指摘について

 報告書では、労働安全衛生基本調査(平成12年)の結果から、非常勤産業医の勤務時間は月平均3時間程度であること、また中央労働災害防止協会による平成22年の産業保健活動に関する実態調査結果から、産業医が選任されている事業場での活動頻度が「1か月に1日程度」未満の事業場が32.0%あったこと、から十分な産業医活動が行われているとは言い難い事業場が少なからずある、と結論づけている。しかし、例えば産業医に正当な報酬を支払わないために活動頻度が低い事業場もあり、産業医の意欲はあっても医師偏在等の周辺医療事情によって産業医活動時間が十分に捻出できなくなってきている地域もある。客観的な原因調査が行われることなく、産業医活動の不十分な原因が産業医側のみにあるという強引な仮定の上に、強引に「外部専門機関」構想を打ち出しても、メリットはなく何の解決にもならない。むしろ昨年8月に産業医部会が提言1)したように、産業看護職や心理職など他の職種との連携を強化し、例えば長時間労働者に対する面接指導を分担するなど、産業医の機能をサポートすることで産業医活動時間を生みだす等の施策が必要である。なお、知識や意欲の低い産業医も存在する可能性はあるため、産業医に対する研修会の充実や、産業医資格取得・更新の際に試験制度を導入するなど、産業医の資質向上策の検討も必要であろう。

 

(6)現在選任されている産業医と協働しない「外部専門機関」は無意味  

現在事業場に選任されている産業医が、仮にメンタルヘルス分野での対応に自信がない場合は、「産業医ごと取り換えてしまう新規契約先」としての外部専門機関よりも、「現在選任されている産業医と協働しながらメンタルヘルス実践分野で産業医を支援する仕組み」の外部専門機関のほうが、はるかに必要性が高い。産業保健活動の拡充というからには、現在の「選任された産業医」を十分活かす方策が優先されるべきである。現在ある各都道府県の産業保健推進センターや併設のメンタルヘルス対策支援センターは無料で産業医の相談には応じてもらえるが、前者は縮減が始まっており、後者は面接やカウンセリングなどは行わないため産業医業務の一部を産業医と協働する機関ではないことから、それらとは別の外部専門機関があってよい。

なお、報告書では「嘱託産業医がメンタルヘルスに関する知識を十分に有しない場合等には、他の医師が面接等を実施し、面接等を行う医師と産業医が連携することも想定されるが、異なる組織に所属する医師間で十分な情報共有を図ることは一般に困難である。」とだけ言及され、対策等は何も検討されていない。しかし実際には嘱託産業医が事業場と契約したEAP(事業場外メンタルヘルス等支援)機関と連携して上手に対応している例も多く知られている。産業医が外部専門機関と連携を図ることはメンタルヘルス対策として従来から求められており、実際に成果を挙げているが、この場合でも事業者への助言・指導・勧告は職場を良く知る産業医が自己の職責として行う事項であり、EAP機関の医師が産業医業務を代行するわけではない。つまり外部専門機関の医師と産業医の間で十分な情報共有を図ることは可能であり、「一般に困難」として方策から除外する理由はない。

 

(7)従業員50人未満の事業場に対してこそ外部専門機関の活用を

報告書および建議ともに、一貫して従業員50人未満の小規模事業場の問題点を取り上げ、対策の重要性を指摘している。この点は我々も認識し、改善の必要性を強く訴えてきた。この対策として報告書および建議には地域産業保健センターのみで対応する仕組みが例示されているが、同センターに関しては、現在までの予算削減措置や都道府県医師会への負担などから、今後持続的に拡充する方向へ発展するとは考えにくい。そこで、現時点で産業医選任義務がない従業員50人未満の小規模事業場にこそ「外部専門機関」構想を活用して、少しでも産業保健活動の恩恵を得られるようにする必要がある。またそのように制度目的を明示すべきである。

 

(8)「新たな枠組み」のストレス調査義務化が雇用差別や誤解に繋がる危険性

 労働者のストレスに関連する症状や不調の問診(以下ストレス調査)と事後措置を先行実施している事業場では、産業医等によるメンタルヘルス教育やプライバシー保護に関する事前教育が行われ、ストレス調査の目的や偽陽性が非常に多いことなど調査の限界なども説明されたうえで、衛生委員会での承認を得てから調査が行われていることが多い。これと同じような調査や事後措置を、そのような基盤がないままに法で全国一律に実施を強いることは差別や偏見に繋がる危険が伴う。つまり、事前に十分な学習と理解がなければ、当事者が事業者に面接を申し出たら雇用不安や職場同僚からの差別不安を払拭できないし、当事者から事業者に面接の申し出がなければストレスに関連する問題を抱える者はいないと事業者が誤解する危険性がある。したがって我々は「外部専門機関」構想の前提となっている、「新たな枠組み」の起点である、健康診断におけるストレス調査の実施義務化そのものに、効果が不透明で危険が大きいとして反対する。

 

 おわりに

今回の報告書や建議の前提となった現状の課題に対しては、「外部専門機関」構想以外の方法でも対応ができ、むしろ導入によって現在まで築き上げてきた産業医制度を壊滅に追い込む危険性がある。法改訂(又は省令等)によって建議において示された「外部専門機関」が、事業所によって産業医に代わって選別出来るような方式は決して容認出来るものではない。又、自殺大綱の下、職域での自殺を減らす為として健康診断においてストレス調査の全国一律実施が着々と準備されているようだが、現在想定されている方式は効果が不透明であるばかりか、法による一律実施を強いることは、労働者の差別や偏見に繋がる危険を伴うものである。こららの案件については産業医部会等の現場で働く関係者の意見を取り入れて、一から議論し直して頂くように切に希望する。

 

以上

【注】

1) 産業医のあり方・研修・育成の方向性と、他の産業保健職との連携の強化について

日本産業衛生学会産業医部会としての考え方と提案(2010.8.20)

2)健康診断時うつ病スクリーニングならびに産業保健活動の拡充を目的とした外部専門機関導入構想に対する産業医部会としての意見(2010.12.25)

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