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「職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の役割」に関する報告書

平成18年7月19日

日本産業衛生学会
「職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の役割」
検討ワーキンググループ

「職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の役割」マニュアル目次
第1章 メンタルヘルス対策における産業看護職の役割

  1. メンタルヘルス対策と産業看護職
  2. 「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に則っての産業看護職の役割
    1. 「衛生委員会における調査審議」に向けた情報収集・分析と関係者間の意見調整
    2. 「心の健康づくり計画」の策定と実施に向けた支援
    3. 「4つのメンタルヘルスケア」の推進に向けた支援
    4. 「メンタルヘルスに関する個人情報の保護」のための支援
  3. 事業場規模別活動事例
    1. 大規模事業場:専属産業医と常勤産業看護職
    2. 中規模事業場:非常勤嘱託産業医と常勤産業看護職

第2章 職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の貢献

  • 精神科専門医の立場から
  • 産業医の立場から
  • 事業者の立場から
  • 日本経団連の立場から
  • 労働組合の立場から
  • 労働局の立場から
  • 労働基準監督署の立場から
  • 産業保健推進センターの立場から

本報告書の作成にあたって

 近年我が国の経済・産業構造の変化、さらに技術確認の急速な発展は、労働者を取り巻く環境にも大きな変化をもたらしている。例えば、雇用形態の変化、終身雇用から成果主義や裁量労働制の導入、在宅労働者の増加、退職金制度の廃止から年俸制への移行などである。こうした社会状況の中で、職場におけるストレスを感じている労働者の割合や長期欠勤・休業者のうつ病の事例が増加し、労働者の自殺者も年間9千人前後に達するまでに至っている。仕事や職場で強い不安や悩み・ストレスを感じている労働者の割合は9割を超えているという調査報告もある。職場におけるメンタルヘルス対策が重要な課題として近年特に重用視されている所以である。
 この様な社会的ニーズの中で、国は「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」(平成12年)、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成17年)と、次々に指針を出したことは、職場におけるメンタルヘルス対策がいかに重要であるかを裏付けるものである。
 平成18年3月、日本産業衛生学会は、産業保健に携わる専門職集団として、厚生労働省労働衛生課長から諮問を受けて「職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の役割」に関するワーキンググループを立ち上げ、産業看護職が職場のメンタルヘルスケアにおいて果たす役割について検討した。本報告書はその検討結果をマニュアルとしてまとめたものである。
 産業看護職が、産業医、衛生管理者、心の健康づくり専門家等の産業保健スタッフとともに、チームとして、それぞれの職種の特性を活かし、役割を担いながらかつ密接に協力し、事業者と労働者が行う労働安全衛生活動の1つである職場のメンタルヘルス対策を専門家として支援するにはどうしたらよいのか。事業場規模別の取り組みはどうあるべきか。さらにこの領域における産業看護職の活動実態を表す貴重な情報として、現場で問題を抱えるそれぞれの立場からのご意見も、本報告書に含めることとした。
 本ワーキンググループで作成されたマニュアルの細部については、さらに検討すべき課題も残されている。しかし、本報告書は、職場のメンタルヘルスケアにおける産業看護職の役割について一定の枠組みを提示したものであり、価値のあるものと考える。今後の職場のメンタルヘルス対策の方向性を検討する際の基礎資料になるものと期待している。

日本産業衛生学会
理事長 清水英佑

第1章 メンタルヘルス対策における産業看護職の役割

1.メンタルヘルス対策と産業看護職

 近年、経済・産業構造の変化や高齢化の進展など労働環境は大きく変容し、それに伴い生活習慣病予防のための健康増進活動と共に、メンタルヘルス対策が多くの職域で取組みの重要課題として位置づけられている。働く人々にとって、精神の健康は身体の健康と同様、職業社会に寄与・貢献していくための大切な条件であり、心の健康の保持・増進、不調の予防と早期発見、有病者の職場適応等を課題とした職場のメンタルヘルス対策に向けた組織的取り組みは職域における健康文化確立の重要な柱である。
 心の健康を維持するためには、人間としての統合された機能・能力が求められる。一方その均衡が保てず、不調に陥ってしまった場合、職場においては症状が仕事・組織や人間関係等の問題のからむ事例性として表出されることが多く、状況の正確な理解・対処のためには職場と専門職との連携が不可欠である。産業保健スタッフの一員として労働の現場との密なかかわりを役割特徴の一つとする産業看護職は、メンタルヘルス対策におけるすべての段階で、活動の重要な立場にある。
 看護職は産業保健活動における援助専門職としては最も数が多い。大規模事業場での看護専門職は、既に多くがそのメンタルヘルスケア実践を通して存在と役割に周囲の認知を得ており、中規模事業場または規模の小さい事業場における取り組みでは、非常勤の嘱託産業医業務の多くが日常の産業看護職の現場活動によって支えられていると言っても過言ではない。
 産業看護職は職場のメンタルヘルス活動において、現実にさまざまな役割を期待され、意味のある活動実績を示している。

産業看護活動の特徴

 産業精神保健チームにおける産業看護職は、チームの連携のもと労働者の身近な援助者として、種々の労働環境におかれた一人ひとりの生活世界にメンタルヘルスの側面から継続的にかかわり、さらには集団・組織にも働きかける。それぞれの事業場のニーズに沿った働きかけは第1次予防から3次予防まですべての段階にわたり、これら産業看護職による取り組みは労働者のメンタルヘルスに関する包括的支援活動である。

〈 疾病の概念を超えウェルネスを目指す 〉

 ストレスの早期発見・対処やメンタルヘルス不調の予防など、疾病予防の視点からの活動はこれまでにも多くなされている。しかし、ヘルスプロモーション活動として、一人ひとりの労働者が主体的に自身の職業人生を作り出していけるよう、労働環境や職業生活全体を視野に入れた、組織的な心の健康づくり対策としての取組みが職場のメンタルヘルス活動の課題である。
 健康は充実した人生をおくるための重要な手段であり、そのためには自身の健康は自ら管理せねばならないとするウェルネスを目指した活動は、労働者のQOLの向上につながり、産業看護職が職域における看護の展開として目指しているものでもある。産業看護職は精神面も含めた総合的に健康な職場づくりのために、職場側の主体的かかわりを促進・支持しながら、自らも活動に主体的にかかわっている。

〈 労働者の身近で心の健康を見守る 〉

 産業看護職は産業医・精神科専門医等チームの専門職との連携をもとに、健康診断、職場巡視や訪問による職場との連携、職場調整、職場環境整備や施策化への協力、外部資源の活用などを活動の手立てとして、保健指導・面接、健康教育などの技術を用い、対象との関係性を築きながらメンタルヘルス支援を展開する。
 これら日常のきめ細かな活動により労働者個人・集団・組織との接点も多く、詳細な情報による対象の適切な理解から保健支援活動につなぐことが可能となる。特に労働者の最も身近に存在することから、チームの他の専門職との役割を調整しながらジェネラリストとして支援的に介入でき、引き起こされる個人や集団のクライシス状況には緊急にも、予防的にも対応することが可能である。また、労働者が気軽に相談できる窓口として機能できることは、メンタルヘルス支援活動を推進する意味からも産業看護職のもつ大きなメリットである。

〈 全人的に把握・理解 〉

 メンタルヘルスにかかわる現象は、人と生活構造、環境、組織や社会体系および行動体系等が密に関連し合いながら引き起こされる。そのため状況を理解し解決に向けるためには、支援対象を生活する主体者として把握・理解しアプローチすることが特に大切となる。産業看護職は看護の理念にもあるように、生活者としての対象を、身体面と心理面、社会面の統合されたトータルな視点で捉え、専門的支援機能をもつ他の保健医療スタッフと連携しながら、全人的に支援する。
 職場のメンタルヘルス活動の場において、例えば精神的症状や心内に潜む悩み等は表出され難いものであるが、身体的症状や生活リズムの乱れ等については、労働者は産業看護職との面接場面で容易に訴えることができるものである。産業看護職は表出されたそれらを糸口として、対象の内面に語りかけながら本質にせまり、メンタルヘルス関連の問題としての早期発見・対処に結びつけていく。対象の全人的理解の機能がそこに生かされる。
 このように産業看護職はどのような糸口からも状況の全体像を把握し、本質的課題を見出すことが可能である。それは職場のメンタルヘルス対策に貢献できる産業看護職の特性でもある。

〈 セルフケアを支援 〉

 産業看護職は労働者自身が健康上の問題に気づき、正しい知識のもとに生活を見直し、ライフスタイルの変容に向けていけるような、自己理解・自己変革を目標とした対象者主体の援助を行う。カウンセリング理論の活用などで、専門的スキルによる健康相談や保健指導を提供し、対象に寄り添いながら、目標に向かうプロセスを根気よく見守っていく。
 心の健康に関しても、自助力に働きかけ、あらゆる健康レベルにおいて労働者が自らのメンタルヘルスに目を向け、主体的に対処しようとするセルフイニシアティブ能力を育てること、つまり彼らが生涯を通し心の健康を維持・増進することの大切さを認識し、保健行動を実現していくために手助けすることが産業看護職の役割といえる。それは快適な職業生活のための居場所をつくることにもつながり、労働を通じてQOL向上を目指す確かな支援でもある。

〈 コーディネータとしてのかかわり 〉

 職場のメンタルヘルス活動における各段階で、産業看護職にはコーディネータとして産業保健スタッフ、労働者個人や職場上司、人事労務担当者さらには家族や関連する事業場外資源などに働きかけ、適切な調整を行う役割を求められることが多い。例えば、メンタルヘルス対策などの施策化における組織とのかかわり、早期情報入手のための職場担当者への働きかけ、事例支援においては本人ばかりでなく、苦労や困難を共にする職場上司や家族とは主に事例性を、主治医や専門スタッフとは疾病性をもとに情報を共有し、それぞれの場面にふさわしい調整を行う。また労働者と人事労務担当者、産業医とその他の専門スタッフというような異なる立場の間に入り、中立性を維持しながらカウンセリングマインドを用いて全体の成熟した均衡を図る。よいコミュニケーションにより関係性の構築を目指す産業看護職の専門的スキルがそこでは生かされる。

〈 心を聴き、語らせる 〉

 看護は深い対人関係を必要とする仕事であり、援助職としての感性やコミュニケーションのスキルは産業看護職の対人支援の役割のなかに多く生かされる。
 産業看護職は健康を喪失した状況にある対象に健康な援助職として身近に存在し心身を支える。支援のプロセスで出会うさまざまな関係者の心を聴き取り、心を語らせる。看護職の支援的かかわりにより徐々に自己を表出し、洞察が進むことで対象は新しい気づきを得て、その後の自身の歩みを自身で選び取ることが可能となる。
 産業看護職は援助者としての自己理解、自律性、コミュニケーション能力等の力量を高める努力を重ねながら、対象者に働きかけ内的成長を目指す、この専門的作業にかかわっている。

2.「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に沿った産業看護職の役割

 次に、平成18年3月31日に公示された「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に沿って、職場のメンタルヘルス対策において産業看護職が担う役割を、具体的に提示する。

 A. 「衛生委員会等における調査審議」に向けた情報収集・分析と関係者間の意見調整の支援
  (1) 日常的な情報収集と支援ニーズのアセスメント
産業看護職は、
    A-1 職場の労働者の生活と心身の健康状態の現状と課題に関する情報を、次に述べるような方法により、日頃から収集する。
      A-1-1 健康診断や事後指導の機会を活用して、労働者への心の健康を含めた問診を行う
      A-1-2 職場巡視時に職場の様子を観察し、労働者や管理職への声かけをす
      A-1-3 人事労務担当者や労働組合担当者、職場の管理監督者等との信頼関係に基づいた情報ネットワークを活かして、職場の健康問題についての情報を得る
      A-1-4 職業性ストレス調査票などを用いて、労働者個人および職場組織のストレス状況を把握する
      A-1-5 気軽に相談しやすい環境をつくり、労働者や管理監督者からの相談を早期に受ける
 
    A-2 これらの情報を分析し、個々の労働者や関係者への支援ニーズ、ならびに職場組織として取るべき支援対策について、アセスメントを行う。
 
  (2) 事業者・人事労務担当者などの職場のキーパーソン、ならびに産業医、衛生管理者などの支援専門職への情報提供と、事業者による関係者間の意見調整の支援
産業看護職は、
    A-3 衛生委員会等での審議に先立って、日常的な活動から得られた職場や労働者の生活と心身の健康づくりの現状と課題についての情報を、産業医・衛生管理者・人事労務担当者などの関係者に提供し、事業場として取るべき対策について共に検討し、事業者による意見調整の支援を行う。
 
  (3) 衛生委員会等での調査審議への参画、情報提供、提言
衛生委員会に、産業看護職も出席することが望ましい。
産業看護職は、
    A-4 産業医や衛生管理者とともに衛生委員会等に出席し、労働者の心身の現状と課題、取るべき対策などについて、労働者に最も身近な保健専門職として適切な情報提供や提言を行い、関係者による発言や審議が活発になされるように支援する。
 
 B. 「心の健康づくり計画」の策定と実施に向けた支援
産業看護職は、
    B-1 産業医や衛生管理者、心の健康づくり専門スタッフ等と協働して、衛生委員会等の場を通じて、事業場における「心の健康づくり計画」の策定に向けた支援を行う。
    B-2 事業者による事業場におけるメンタルヘルスケアの積極的推進の姿勢表明を促すため、産業医等と協力して、事業者ならびに労働者へのわかりやすい情報提供や必要な資料の提供を行う。
 具体的には、事業場におけるメンタルヘルスケアの実施体制の整備、人材確保、事業場外資源の活用、労働者の健康情報保護、ならびに実施状況の評価とそれに基づく計画の見直し等に関して、基本となる考え方や中長期的な計画を策定し、それを明文化して労働者にも周知できるよう、労使への適切な情報提供や支援を行う。
 
 C. 「4つのメンタルヘルスケア」の推進に向けた支援
 産業看護職は、下記の4つのメンタルヘルスケアの推進に向けた具体的な支援活動を、産業医、衛生管理者、ならびに心の健康づくり専門スタッフ等と協働しながら、実施する。特に、事業場内に雇用されている常勤の産業看護職は、「事業場内メンタルヘルス推進担当者」として、事業場内におけるメンタルヘルスケアシステムの確立と推進の実質的な中心役割を担う。
<4つのケア>: 「セルフケア」の支援、「ラインによるケア」の支援、「事業場内産業保健スタッフによるケア」の推進、「事業場外資源によるケア」の活用支援
<具体的な支援活動>:
   産業看護職は、
    C-1 「メンタルヘルスケアを推進するための教育研修・情報提供」として、産業医や衛生管理者等と連携して、次の活動を行う。
      C-1-1 一般労働者向けのメンタルヘルス研修会の企画、準備、実施、ならびに評価を行う。研修内容として、次の項目を含める。
        ①メンタルヘルスケアに関する事業場の方針
②ストレス及びメンタルヘルスケアに関する基礎知識
③セルフケアの重要性及び心の健康問題に対する正しい態度
④ストレスへの気づき方
⑤ストレスの予防、軽減及びストレスへの対処の方法
⑥自発的な相談の有用性
⑦事業場内の相談先及び事業場外資源に関する情報(ここまでは指針項目)
⑧心と身体の健康状態の関連性
⑨当該事業場に多い心の健康課題の傾向とその予防・対処方法
 
      C-1-2 管理監督者向けのメンタルヘルス研修会の企画、準備、実施、ならびに評価を行う。研修内容として、次の項目を含める。
        ①メンタルヘルスケアに関する事業場の方針
②職場でメンタルヘルスケアを行う意義
③ストレス及びメンタルヘルスケアに関する基礎知識
④管理監督者の役割及び心の健康問題に対する正しい態度
⑤職場環境等の評価及び改善の方法
⑥労働者からの相談対応(話の聞き方、情報提供及び助言の方法等)
⑦心の健康問題により休業した者の職場復帰への支援の方法
⑧事業場内産業保健スタッフ等との連携及びこれを通じた事業場外資
 源との連携の方法
⑨セルフケアの方法
⑩事業場内の相談先及び事業場外資源に関する情報
⑪健康情報を含む労働者の個人情報の保護等 (ここまでは指針項目)
⑫心と身体の健康状態の関連性
⑬管理監督者、昇格者に多い心の健康課題と対処方法
⑭当該事業場に多い心の健康課題の傾向とその予防・対処方法
 
      C-1-3 これらの教育研修の機会を活用して、労働者や管理監督者との信頼関係づくりに努め、その後、相談しやすい関係性を整える。
 
      C-1-4 メンタルヘルスに関する広報や啓発活動の企画、準備、実施、評価を行う。
 
    C-2 「職場環境等の把握と改善」として、次の活動を行う。
      C-2-1 日常の保健活動ならびにストレス調査等に基づいて、事業場における心身のストレス状態やその要因等の職場環境について把握し、衛生委員会等の場で、事業者ならびに職場の管理監督者や労働者等と、情報を共有する。
      C-2-2 職場環境の把握に基づいて、職場の管理監督者や労働者が必要な対策を検討・実施できるように支援する。その際、管理監督者や労働者が、作業環境や作業方法、労働時間などの仕事の量ならびに質、コミュニケーションや職場組織・風土など、多角的な面から職場環境の主体的な評価や改善に取り組めるよう、情報提供やチェックリストなどの紹介、助言を行う。
 
    C-3 「メンタルヘルス不調への気づき」の支援と相談への対応として、次の活動を行う。
      C-3-1 健康診断時の問診や、日頃の職場巡視・健康相談時等において、労働者がリラックスした状況で自らの生活状況を振り返る機会を提供し、労働者の本音を引き出して、自らの心身の状況に気づけるよう支援する。
      C-3-2 労働者が随時、自らのストレス状況への気づきを得られるよう、ストレス調査票や端末機器等を活用して、セルフチェックできるような機会を提供する支援を行うとともに、それらの活用を呼びかける。
      C-3-3 労働者や管理監督者が気軽に健康相談できる機会や場所を確保するために、産業医や衛生管理者と協力して事業者に働きかけて相談体制を整備する。また、労働者・管理監督者にPRして相談機会の自発的な利用を呼びかける。
      C-3-4 相談を受ける際には、傾聴に努めて信頼関係を構築し、労働者や管理監督者が本音を表出できるようにする。また、対処方法を対象者とともに検討する。特に、メンタルヘルス不調が疑われ、診断や治療が必要と考えられる場合には、産業医と連携して受診を勧め、必要に応じて社内外の専門医やカウンセラーを紹介する。
      C-3-5 精神的な疾患や不調のために、仕事面での調整が必要と考えられる場合などは、産業医と連携して上司も交えて相談することを本人に勧め、産業医・主治医・上司・本人との調整役割を果たす。
      C-3-6 精神的な疾患や不調が疑われる場合は、産業医と連携し必要に応じて、本人の状況等について、家族からの情報収集や連絡調整を行う。そのため、健康保険組合などとも協働して、広報誌などを通じて日頃から家族に対するメンタルヘルスに関する基礎知識や相談窓口などの情報提供をしていく。
      C-3-7 事業場外で受診できる医療機関や活用できる支援専門職についての情報を、普段から積極的に収集し、労働者や管理監督者に提供する。そのため、外部機関・資源とのネットワークを、日頃から築いておく。
 
    C-4 「職場復帰における支援」として、次の活動を行う。
      C-4-1 メンタルヘルス不調により休業した労働者が円滑に職場復帰し、就業を継続できるようにするため、職場復帰の流れや支援の内容と手順、関係者の役割などを定めた職場復帰支援プログラムを策定するための方針づくりや準備を産業医や衛生管理者、人事労務担当者等と協働して行う。
      C-4-2 衛生委員会等での調査審議を経て、職場復帰支援プログラムの策定・労働者への周知・円滑な運用への支援を行う。
      C-4-3 労働者の個人情報の保護に留意しながら、労働者・管理監督者・人事労務担当者・主治医などとの連絡・調整を行い、円滑な職場復帰が出来るよう、産業医とともに支援する。特に、復帰にあたっての労働者ならびに管理監督者の不安や、復帰後の状況の変化などについて丁寧な情報収集を行い、必要時には労働者の了承を得て産業医や主治医からも助言を得ながら、労働者が自律的に心身をコントロールし、職務を遂行できるようになるまで支援する。その際、職場の管理監督者や同僚の負担ならびに協力体制にも配慮し、良好な職場環境の整備に向けた支援を行う。
 
 D. 「メンタルヘルスに関する個人情報の保護」のための支援
産業看護職は、
    D-1 メンタルヘルスに関する個人情報が適切に保護されるように、労働者の健康情報の適正な取扱いを図るとともに、事業場における健康情報の取り扱いに関する内規を事業者が取り決める支援を、産業医や衛生管理者ならびに心の健康づくり専門スタッフと協働して行う。
    D-2 健康情報を含む労働者の個人情報の取得または提供の際には、「労働者の同意」を得る。
      D-2-1 労働者の個人情報を主治医等の医療職や家族から取得する際には、予め労働者にそれらの情報の活用目的を伝えて承諾を得るとともに、できるだけ労働者本人から情報の提出を受けるようにする。
      D-2-2 労働者の個人情報を医療機関等の第三者に提供する場合も、本人の同意を得る。但し、自傷他害の恐れがあるなど緊急と判断される場合には、必要な範囲で積極的に利用すべき場合もあり、産業医等と相談して、適切に対処する。
    D-3 生データの取り扱いに特に注意し、必要に応じて「情報の加工」を行う
      D-3-1 健康相談や保健指導時に得た健康情報を含む労働者の個人情報を事業者に提出する場合には、必要性を吟味し、提供目的に合わせて情報が適切に伝達されるよう、集約・整理・解釈などを加えるとともに、提供する情報の範囲と提供先を必要最小限とする。
      D-3-2 メンタルヘルスに関する労働者の個人情報を取り扱う際に、診断名等の生データの取り扱いについては十分留意し、事業場内の伝達範囲をできるだけ医療職に限る。
      D-3-3 医療職以外の関係者がこれらの健康情報を含む個人情報を扱う際の規定づくりの支援や、取り扱い方法の周知・教育を行う。

3.事業場規模別活動事例

1)大規模事業場:専属産業医と常勤産業看護職
 従業員1,000人を越える大規模事業場では専任産業医が常勤しており、産業看護職と協働してメンタルヘルスケアが進められている。産業保健チームの一員である産業看護職は労働者の身近な援助者として存在し、常勤産業医とは適宜相談しながら、第1次予防から3次予防まですべての段階において個人・集団・組織にきめ細かく働きかけている。

【職場のプロフィール】
対象労働者数:63,000人(グループ企業を含む64社、約515ヶ所の事業場)
健康管理体制:東京を中心として 8ヶ所の健康管理センタがある
産業保健スタッフ:産業医24名(常勤14名、非常勤10名)、産業看護職64名(常勤62名、非常勤2名)、非常勤精神科医11名(各センタ1~4名、月1~2回)、常勤カウンセラー1名

【活動紹介】

(1) メンタルヘルス教育
事業場とともに企画する
 メンタルヘルス教育は、事業場の安全衛生事業計画に基づいて人事労務担当者から健康管理センタへ依頼されることが多いが、産業看護職が職場巡視や職業性ストレス簡易調査の職場評価結果等から事業場に職場改善の方法のひとつとして勧めることもある。
 メンタルヘルス教育の企画は、産業看護職が把握している職場の課題と人事労務担当者の持っている問題意識をすり合わせながら目標・実施時期・実施時間・対象者および人数・実施回数・実施内容を決定している。
 プログラムは事業場との打ち合わせの結果をもとに産業医と産業看護職が相談して決める。
産業保健チームで準備を進める
 産業看護職は決定したプログラムに従い、チーム内看護職や必要に応じてカウンセラーとともに具体的な内容を検討する。教育実施担当者である産業看護職が中心となって、資料(スライド、配布資料、実施後アンケート等)や物品(ビデオ、リラクゼーション音楽、アロマテラピー用オイル等)の準備を行い、研修当日の段取りを当該事業場の人事労務担当者と打ち合わせる。
事業場のニーズに合わせて効果的に実施する
 管理監督者への教育プログラムは、メンタルヘルスの基礎知識、ラインの役割、プライバシーの保護、事業場の方針、職場環境の改善、相談の受け方、事業場内産業保健スタッフとの連携方法、事業場外資源との連携に関する内容が多く、次いで職場復帰者への支援方法、職場環境の評価方法、事例検討等がある。
 一般従業員への教育プログラムは、メンタルヘルスの基礎知識、ストレスへの気づき、ストレス対処法、自発的な相談の勧めと外部資源の活用が多く、次いでコミュニケーションゲーム、リラクゼーション、ストレッチ、アロマテラピー、睡眠、生活習慣、職業性ストレス簡易調査票の活用法等がある。
 両教育とも産業医と産業看護職でプログラムを分担して実施し、実施時間は90~120分、参加者20名程度の参加型が多い。
評価結果を事業場と共有して次の活動につなげる
 教育終了後のアンケートでは「正しい知識を得ることができた」「理解しやすい内容だった」等の回答が多かった。また、管理監督者の教育後は部下についての相談の増加や産業保健スタッフとの連携がスムーズになった等の波及効果も見られる。
 結果は今後の活動について事業場の人事労務担当者と検討するための資料としたり、安全衛生委員会等で報告されている。
(2) 職場環境等の把握と改善
職場巡視からの情報収集
 職場巡視時には作業環境、作業方法、施設や設備等の評価のみならず職場の雰囲気や労働者に声かけしながら様子を観察し、管理監督者等と情報交換を行って職場の人間関係や職場内のサポート体制等を把握している。産業看護職は職場巡視の回数も多く、労働者や管理監督者との関係性を築きながら職場環境等の変化や職場の具体的な情報を収集しており、その情報を産業医と共有し、職場環境の改善への支援を行っている。
職業性ストレス簡易調査票の活用
 毎年組織的に実施している職業性ストレス簡易調査票による職場環境の客観的評価を行い、その結果を安全衛生委員会や管理監督者等に報告している。その際に、産業看護職は管理監督者とともに結果を検討し、職場の現状に合わせた情報提供や改善方法の提言を行い、職場環境の改善が促進されるように支援している。
健康診断時問診・保健指導・健康相談等
 産業看護職は健康診断時問診・保健指導・健康相談等の労働者と面談するあらゆる機会をとらえて、労働者自身の健康課題のみならず、労働者側からみた職場環境等、特にメンタルヘルスに影響する主観的な職場環境等の把握も行っている。
(3) メンタルヘルス不調の気づきへの援助
健康診断時問診
 問診は健康問題のない労働者にも会える機会であるため心身の健康状態の確認や自己の生活への振り返りを促して、あらゆる健康レベルの労働者の健康度をあげることを目指した援助を行っている。
健康相談・保健指導
 健康相談や保健指導ではメンタルヘルス不調が身体症状として現れていることもあり、労働者を包括的に理解し、労働者自身が健康上の問題に気づき、自らの問題として解決していけるように支援している。
ストレスのセルフチェック後のフォロー
 毎年組織的に職業性ストレス簡易調査票による調査が実施されており、労働者に自己のストレス状態への気づきを促している。その結果は本人と健康管理スタッフのみが確認することができ、高ストレス者や本人の希望により産業看護職が面談を行っている。
 上記、いずれも受診や職場調整等の必要なメンタルヘルス不調者へは産業医と連携して対応している。
(4) 職場復帰における支援
事例紹介
対象者:52歳、男性、既往歴なし
職場状況:技術系一般職、設計現場で監督調整
家庭状況:妻と25歳長男、22歳長女との4人家族、同居
病気休業中の支援
 労務厚生担当者から「3ヶ月間の休養を要する」との診断書が健康管理センタへ送付されてきた。産業看護職が管理監督者へ電話連絡して病気休暇に至るまでの経過を確認し、健康管理システムと本人への対応について説明した。これらの情報を産業医に報告して、休業の認定が行われた。
 職場巡視時に産業看護職が管理監督者と面談したところ、管理監督者はメンタルヘルス不調者への対応経験がなく不安をもっていたため、病気の基礎知識、療養中の対応、職場復帰システムと業務調整について説明して、連携して対応していくことを確認した。
 病休1ヵ月後に本人から産業看護職へ電話があったが、まだ面接できる病状ではなく、2ヵ月後の本人からの「そろそろ職場復帰できそう」との電話連絡で、産業医との面接を設定した。本人には職場復帰の練習を体調に合わせて行うように具体的な行動を提案した。
 産業医は面接時に本人より病状と生活状況の確認を行い、4時間勤務での職場復帰となった。
 この結果を産業看護職が管理監督者へ連絡したところ、本人のペースでできる単純な業務を用意してあり、本人とも業務内容についての調整を行ったとのことだった。
職場復帰後の支援
 職場復帰1週間後の職場巡視時に産業看護職が本人と面談して、本人の気持ちを表出させながら病状・業務・生活などを聴いて職場適応の状況を確認した。管理監督者からも本人の職場での様子を聞き、職場適応の評価を行った。この結果を産業医に報告し、次回の健康管理面接まで4時間勤務が継続された。
 復帰1ヵ月後の産業医との面接では順調な職場適応ができており6時間勤務となり、この結果を管理監督者へ伝え、今後の業務内容について確認した。その2週間後の職場巡視時の産業看護職との面談で本人より「1日勤務できそう」との申し出があったが、主治医から内服の減量を言われていること、仕事に集中して疲れてしまうこと、現状への焦りが見えたことから、「すべてをいちどに戻すのではなく、徐々に様子を見ながらステップアップさせることが回復の近道になることが多い」と伝え、本人も納得した。
 復帰2ヶ月後の産業医との面接で通常勤務となり、復帰6ヶ月後には治療終了となった。

【まとめ】

 この事業場では組織改革や成果主義の導入などの労働環境の変化により、メンタルヘルス不調者が増加傾向にあり、メンタルヘルス対策を重要課題と位置付けて熱心に取り組んでいる。そして、常勤の産業医と産業看護職を中心とした産業保健チームは、チーム内での連携を密に取ることで、事業場が行うメンタルヘルス対策への効果的な支援を可能にしている。具体的なメンタルヘルス支援における産業看護職の活動を以下にまとめる。

メンタルヘルス教育ではメンタルヘルス不調者の早期発見・対応や職場復帰への援助のみならず職場環境の改善や心の健康の保持増進の推進について教育している。
職場巡視等のあらゆる活動をとおして、産業看護職は労働者や管理監督者との関係性を築きながら労働者の身近な援助者として存在し機能している。
健康相談・問診等のあらゆる面談の機会を通して、労働者を包括的に理解し、労働者自身が健康上の問題に気づき、セルフケアできることを目指し支援している。
職場復帰時には対象者と管理監督者双方を支援し、コーディネータとしてもかかわっている。

 産業看護職によるメンタルヘルス支援は、対象者の心を聴き、語らせ、支援的にかかわることにより、効果的に進められていると考えられる。産業看護職は援助者として事例検討やコミュニケーション技術等の学習を重ね、その役割を果たしているといえよう。

2)中規模事業場:非常勤嘱託産業医と常勤産業看護職
 従業員約300人~1000人未満の中規模事業場の多くでは、常勤産業看護職を中心としたメンタルヘルス支援が行われている。非常勤嘱託の産業医は月に1回~4回程度来社する契約にしている場合が殆どであり、常勤産業看護職は、非常勤産業医の来社日に、事業場の健康課題等に関する情報を的確に伝え、医学的判断を必要とする相談事例を照会するなど、連携をとって活動している。以下に日常的なメンタルヘルス活動を紹介する。

【職場のプロフィール】
対象労働者数:約900人、  業種:コンピュータソフトウェアの開発と情報処理
産業保健スタッフの構成:非常勤嘱託産業医1名(週0.5日)、常勤産業看護職2名、
非常勤カウンセラー1名(週0.5日)

【活動紹介】
(1)保健面接・健康相談
 常勤産業看護職は、①従業員が自らの体調や仕事の状況についての振り返る機会として、健康診断時に5分程度の問診を行う、②職場を巡視して職場の様子を把握しながら従業員や管理監督者に声かけをして保健面接をする、あるいは、③次項にあるようなメンタルヘルス研修会を実施する、などの活動を通じて、普段から従業員の心身両面の情報を全人的に把握してセルフケアを支援するとともに、信頼関係を構築して相談しやすい環境づくりに努めている。その結果として、多くの従業員が心配な点があれば自発的に常勤産業看護職に相談するようになり、管理監督者からの相談も増加して、メンタルヘルス不調の従業員がいれば早期に把握できるようになった。

(2)メンタルヘルス教育・広報
 常勤産業看護職の企画により、社内の層別研修プログラムにメンタルヘルス研修を織り込むこととなり、平成元年から初任管理職研修に、翌年からリーダークラスの研修で実施されている。リーダークラスの研修において行われるメンタルヘルス教育は、約2.5時間のプログラムで、ストレスの理解、各自のストレス状況の振り返り、今後の対処法とリラクゼーション演習がその主な内容となっている。初任管理職研修は、約4時間のコースで行われ、職場としてのストレス・マネジメント対策、問題事例の早期発見と対処、事例検討、上司としての傾聴訓練(ロールプレイ)などともに、昇格時や管理職の陥りやすいストレス状況とその対処法が、その主な内容である。いずれも、常勤産業看護職が中心となって企画・実施・評価が行われており、非常勤のカウンセラーも事例展開についての話をするなどの連携をしている。これらの教育研修を行った結果として、メンタルヘルスに関する基本的理解が深まるとともに、常勤産業看護職との関係性が築かれて部下や自分自身の健康課題について相談しやすくなり、職場全体としてのメンタルヘルス不調の早期把握・対処につながる相乗効果がもたらされている。
 広報活動も、常勤産業看護職によって、社内報や社内のパソコンネットの掲示板・各種パンフレント等を通じて盛んに展開されており、メンタルヘルスを含む心身両面の健康知識の普及や社員の意識の高揚を図っている。特にメンタルヘルス不調に関する特別視を払拭することに努め、問題対応だけに留まらず、健康増進ならびにウェルネスを目指した支援を行っていることをPRすることによって、従業員にとってもより早期の健康相談が気軽に行えるようになってきている。

(3)メンタルヘルス不調の支援
 常勤産業看護職は、上記の日常的な保健活動によってメンタルヘルス不調事例を把握した際には、事例によって対応方法を判断して、必要に応じて本人の同意を得た上で非常勤産業医や非常勤カウンセラーとの面談につなげるなどのコーディネータ機能を発揮している。
① 30代の男性システムエンジニアの事例
 仕事効率が極端に落ち、生気がみられないとの相談が上司から常勤産業保健師に入り、常勤産業看護職は本人に会って話を聞いた。本人によると、数ヶ月前から関わった仕事で、ある客先からの無理な要望に苦慮するなど、高ストレス状態が続いていたおり最近は食欲不振や不眠などの症状が見られるとのことであったので、非常勤産業医や非常勤カウンセラーとの面談がまず必要と判断した。本人の同意を得て、面談に先立って産業医やカウンセラーにこれまでの経緯や、職場での様子、健診や自覚症状データなど、必要な情報を事前に提供して対応方法を相談した。これらの情報提供や相談は、主にそれぞれの非常勤専門職の来社日を中心に行うが、緊急と判断される場合には電話でも相談できるよう、前もって依頼・契約が行われている。非常勤産業医や非常勤カウンセラーにも相談をした上で、必要が認められる場合は、外部の精神科医等の受診を薦め、電話連絡や紹介状を渡すなどの対応を、協力して実施する。この男性従業員の場合にも、精神科医の受診を紹介したところ、「うつ状態」と診断され、服薬と2週間の自宅療養が指示された。経過を見守り、仕事に戻るにあたって、本人の承諾を得た上で、職場の管理監督者や同僚とも連携をとり、本人が判断や対応に困った場合に相談しやすい職場体制を整えていただき、その後は順調に仕事を続けている。
② 50代の男性管理職の事例
 常勤産業看護職が職場巡視中に声かけをしたところ、本人から自発的に抑うつ的な症状について相談された。自宅近くの精神科医に1ヶ月前からかかり服薬しているが、眠気などの副作用があり、症状が好転しないとのことであった。常勤産業看護職は、本人の承諾を得た上で、非常勤産業医ならびに主治医と相談した結果、1ヶ月の休養が必要との診断書を主治医に書いてもらい、社内的な手続きを経て自宅療養に入った。休養期間中は、妻から電話で、本人の症状や生活状況についての報告があり、それらの状況を非常勤産業医にも随時報告した。本人の症状の治癒状況を観察しながら、結果的に休養期間は3ヶ月に達したが、主治医から復職可能との診断書を得て復帰面談を実施し、もとの管理職の職務に復帰した。不在期間中に職場の管理を代行していた別の管理職のサポートを得ながら、順調に職務に適応できている。
③ 20代の女性システムエンジニアの事例
 顧客からの無理な要請を断れない、周囲にサポートを求めにくいなど、の傾向があり、直属の男性職場リーダーから納期遅れや対応のまずさを叱責されることがあった。徐々に抑うつ症状を呈して、仕事の効率がさらに悪化したことから、上司を通じて常勤産業看護職に連絡が入り、非常勤産業医とも連絡をとりながら、上司・本人と常勤産業看護職が面談の上、専門医紹介ののち入院加療となった。その後は服薬などをきちんと遵守し、順調に回復。5ヵ月後退院し職場復帰の見込みとなるが、元の職場への復帰に向けての不安を上司にもらした。以前と同じ仕事に戻る不安や、男性リーダーの指導への不安が強かったことから、本人の承諾を得た上で、主治医、上司、人事労務担当者、非常勤産業医との調整をとり、職場復帰に向けての支援の方向性を相談した。その結果、本人の希望もあり職場転換の必要性が認められるとの産業医意見書を得て、本人にとって負荷が少ないと思われる職場の検討を人事部門に依頼した。人事労務担当者からの相談を受けて、社内向けの支援サービスを担当する職場への異動を前提に、常勤産業看護職が当該職場の上司と事前に面談した。本人の現状や今後の基本的な支援方法等について情報提供し、理解を得るとともに、受け入れ側としての上司の様々な不安などについて相談を受けた。復帰後も定期的(退院後半年くらいは週1回程度、その後安定してからは月1回程度)面談を続け、職場巡視時などに本人や周囲との関係性を観察するとともに上司からの情報収集を行い、継続支援を行った結果、順調な職務復帰を果たしている。

 これらの事例のように、メンタルヘルス不調者への支援は常勤産業看護職がキーパーソンとなって、社内の人事労務担当者、関連部署の管理監督者・同僚、非常勤産業保健スタッフと連携して、外部の専門職を活用しながら、必要に応じて家族とも連携をとりつつ、継続的・多角的な支援を展開している。

(4)上層部への提言や、職場のメンタルヘルスケアシステムづくり
 常勤産業看護職は、日常の保健活動から得られた職場としての特徴的なストレス状況や問題等について、非常勤産業医に伝えるとともに、レポートや口頭で会社の上層部にも報告し、必要な組織的対応を行なっていくための提言や事業の企画等を行なっている。その際、個人情報保護について極力配慮し、集計するなど適宜加工した情報提供に努めている。
 また、常勤産業看護職は、日常の支援活動を通して得た支援ニーズの分析をベースに、事業場におけるメンタルヘルス対策の基本方針や計画づくり、事業場への提言と予算の獲得、社内の非常勤専門職や社外資源の活用を含めた保健事業の企画・実施・運営、およびその評価と事業場への報告、衛生管理者や人事労務担当者・管理監督者との連携・調整、復帰支援システム等、事業場におけるメンタルヘルスケアシステムづくりへの支援を、非常勤産業医と協力しながら行っている。

【まとめ】
 本事例で取り上げた企業は情報処理系の業種でシステムエンジニアが多く、メンタルヘルス関連の問題事例も多いこともあり、企業としても熱心にストレス対策に取り組む姿勢がある。非常勤産業医もベテランで、20年来同企業で健康管理業務に携わり従業員のストレス構造をよく把握している。また、問題事例の早期掘り起こしの結果、相談事例が増えたこともあって、常勤産業看護職の提案により、非常勤カウンセラーを近年導入するなどの対策をとっている。それらの非常勤専門職をいかに活用できるかは常勤産業看護職がいかに日常から従業員との信頼関係を築き、情報収集と適確な支援ができているかに関わっているという共通認識を、経営トップや非常勤産業医も持っており、良い連携のもとに多角的で活発な活動が展開されている。非常勤産業医と非常勤カウンセラーの週半日のそれぞれの来社相談日には、常勤産業看護職の掘り起こしの結果、30分おきに相談予約が入っており、その合間を縫って、常勤産業看護職からの情報提供が行なわれている状況である。来社日だけでは足りずに、電話やFAX,Eメール等を活用して、スタッフ間の報告や相談が行なわれることも度々あり、非常勤専門職と常勤産業看護職がうまく連携して対応にあたっている。
 一次予防的な活動は常勤産業看護職中心に活動が展開されており、メンタルヘルス教育の充実が早い時点での問題の掘り起こしにつながり、円滑な相談活動に結びつくなど、連動した効果がもたらされている。それらの結果、常勤産業看護職が雇用されて本格的に一次予防活動に着手する以前には、メンタルヘルス不調から長期欠勤などの事態に至り、人事労務担当者や職場の管理監督者が大変困惑する事案が多かったのに対し、現在は早期に把握される事例が殆どとなっており、大事に至る以前に早期対応ができていることに会社側や非常勤産業医からの高い評価が得られている。

第2章 職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の貢献

― 看護職の活動を支える人々 ―

 産業看護職は働く人々のQOLの向上を目指し、彼らに最も近いところでヘルスプロモーション指向の保健活動に取り組んでいる。メンタルヘルス活動の具体的目標である労働者の職場への適応を推進するためには、変化する労働環境から予測できるリスクを先読みした的確な予防活動の展開や、対象の身体・精神・生活などのニーズに沿った、特性に考慮したサポートおよび支援ネットワークの構築などが役割の課題である。
 職場と一体となって労働現場をアセスメントし、共通の活動課題となる産業保健計画の立案と具体的健康対策を実施、産業保健専門職の職場巡回によるメンタルヘルス関連問題の早期把握、有病者への休業から職場復帰支援など、第一次予防から三次予防にいたるすべての保健活動のプロセスで、産業看護職はコーディネーターとして個や集団・組織にかかわり、さらに職場・家庭・主治医・地域その他の外部資源などにも働きかけ、ケアのための関係性を構築する。これらケア・コーディネーションの機能を通じ、産業看護職は労働者をはじめ周辺のさまざまな組織や人とのつながりを深くする。
 また保健活動で提供するサービスの質の向上を目指し、産業看護職はさまざまな努力を重ねているが、日本産業衛生学会産業看護部会では専門性確保のための産業看護師の育成・登録を進めており、既に1000人を超える看護職が登録されている。また日本産業精神保健学会による産業精神保健専門職認定も看護職も対象として含められ、数年前から進められている。職域での現場活動の実態や専門学会での取り組み等の現状から、今後は法律面でも産業看護職の役割の明文化や実態に見合った配置基準等が示されることを心から期待したい。
 以後のページではメンタルヘルスケア活動現場での協働者である労働者・事業者、産業保健チームの産業医、精神科専門医、そして産業保健活動を支える行政の方々などの関係諸氏に産業看護職の活動への理解と期待につながるお言葉をいただいている。これら協働者や関係の皆様のサポートなくして産業看護活動は成立しない。  
 皆様からのお言葉を真摯に受けとめ、産業看護職としてのさらにレベルの高いメンタルヘルス活動につなげていきたいと思う。

精神科専門医の立場から

獨協医大名誉教授 滝澤病院理事長  大森健一

 昨今の企業における働く人々の在り様はメンタルヘルスという視点から眺めるとき実に厳しいものとなっているとしみじみ実感している。私は医科大学付属病院の精神科担当として、また市中の精神病院の外来医として、さらにいくつかの企業における保健室の非常勤顧問医として、働く人々を対象とした精神医療に携わってきた。素朴な実感の域を超えるものではないが、20年前に比べて私が係わる事例は増加の傾向をたどり、おそらく3倍を超える出現率ではないかと推定している。
 このような状況の中で、私の働く人々対象の精神医療においても産業看護職との共同作業の重要性は、その量も質も増大、高度なものとなっている。今回は上記のような精神科専門医としての経験を踏まえて、精神科専門医として望ましい産業看護職の活動について述べてみたい。
 1. 社員が自己の苦悩を訴えやすい人としての産業看護職
 私は職場のメンタルヘルスの向上、精神障害の予防あるいは早期発見に重要なものとして職場の人間関係、ことに上司と部下の間の、自己の苦悩を率直に打ち明けられるような心開かれた人間関係とそのような職場の雰囲気を重視し、推奨してきた。しかし業務達成が課題である職場にはそれなりに限界がある。看護職の存在は当の職場とは異なる存在であり、社員にとってはある意味で安心できる職種であり、また当そうあるべきである。したがって、看護職には社員たちが気軽に自己の苦悩を相談できる、この存在が価値がある。
 この為には、1)看護職の一人ひとりを社員が知っていて気軽に声がかけられること、2)看護職のほうからもさりげなく声をかけられる関係にあること、3)これは決して看護職だけの役割ではないが、保健室ないし健康管理所が社員が出入りしやすい雰囲気を持つよう務めることである。要するに看護職は社員の精神的不調の早期発見に大きな役割をもっていることである。
 2. 精神障害に対する専門的知識に裏づけられた判断とその後の役割
 精神的不調、障害に対する十分な知識をもつことが、その後の看護職の役割に重要である。産業医との連絡のもとに早期に診断・治療に導入すべきケースであるかの検討をおこなう。顧問の精神科専門医がいれば3者で相談し、外部の精神科専門医を紹介することになろう。そのときの職場の様子、本人の精神状態、おかれている状況に関する看護職の知見がおおいに重要である。
 3. 障害者を加えての4者面談への参加・情報の共有
 治療導入期、治療中、あるいはその後の支持に精神科専門の顧問医、産業医、本人を加えての面接が状況によっては必要、有効であり、場合によってはそこに職場の上司なども加わる場合があるわけだが、そこに担当を決めた上での看護職も加わることが望ましい。それにより、その後のフォローが充実する。
 4. 社外精神科専門医との連携
 社員が市中の精神科専門医の治療を受けている場合、本人の了承の下に治療者との連携をとり、場合によっては訪問して相談し治療計画を共通のものとして認識することが大切である。治療者の立場から見ると、患者の置かれている職場の状況は本人からしか知りえないのに比較して、この連携の下に、職場に精通している看護職の情報提供は大いに参考になり、治療上の価値も高い。
 5. 家族との連携
 本人の了承の元に、障害を病む社員の家族との連絡、連携は治療上も良い予後を維持する上でも望ましい。
 6. さりげないフォロー
 復帰した後の社員も当然しばらくは健康管理室との連携が重要であるが、それに加えて看護師のさりげない見守り、職場訪問、電話での交流などが良い結果をもたらす。
 7. 定期的職場訪問とメンタルヘルスに関する知識の普及活動
 産業医とともに上記活動に従事することは、障害発生の予防のうえからも、また障害を生じる職場の状況を把握するうえでも重要である。
 以上、1-7まで産業看護職の職場でのメンタルヘルスに関する貢献について述べた。これらの活動のうちのいくつかは当然看護職だけでなく、産業医、顧問精神科専門医の行うべきで活動でもある。しかし現在の厳しい状況にあっては、職種間の連携、共同活動が重要であり、誤解を恐れずにいえば、職種を超えた共同作業が要請されているのであり、看護職の参加・活動は欠かすことができない。

産業医の立場から

東京都予防医学協会 総合健診部  三輪 祐一

(はじめに)
 私は健診機関の医師です。健診の企画、判定、精度管理など、製造業でいえば品質管理を担当しています。当会のユーザーは主に中小以上の規模で、当会の精度管理やサービス、他の機関より高い料金を理解してくださった優良企業ばかりです。また産業医紹介の依頼も多く、私も数ヶ所の嘱託産業医をしています。一部上場企業から国の外部団体まで様々です。産業看護職も社内にいるところが1社、社外の健保にいるところ1社、他は衛生管理者または総務などの担当者のみのところです。
 労働現場で今一番の問題はメンタルであるといっても過言ではありません。労働者100人につき1名程度がメンタル不調のため、通院や休職しています。また年間1万人につき1名の自殺者が出ていると感じています。したがって予備軍はその数倍と考えられ、我々医療職の仕事はやればやるほど忙しい、という状況です。
(看護職への期待と実例)
 事務担当者が有能なら、産業医への仲介や会社側への説明が可能です。しかしプライバシーに関わる事に配慮がしづらかったり、どこまで関わるべきか見極めが難しかったりします。また嘱託産業医は月に1日程の訪問なので、いつでも面談ができるわけではありません。そういうところで、産業医としてはとても助けていただいているだけでなく、会社、従業員からも看護職への期待は大きいのです。そのためには健康管理室等にこもらず、従業員の顔を覚える努力が必要です。顔見知りになれば皆が何を期待しているか、会社は何を望んでいるかわかります。
 私は嘱託産業医ですので、その事業所の方々と協力してやることになります。社内に看護職がいる企業は最もうまくいっています。自殺を少しでも少なくしようと相談し、管理職研修も実施しました。今では問題が起こるとすぐに看護職に相談が入ります。看護職からのアプローチは上司や人事などとは違い、秘密を守ってくれたり、思いやりを感じていただいているようで、本人も安心して相談にこられます。早く気づき相談することが管理職の仕事であると話したので、相談することに躊躇がなくなりました。看護職の方も心得たもので面接をして産業医に連絡をくれます。その後産業医が面接をしたり専門医に紹介したりすることがたびたびあります。最終的にうまく復職できた例もありますが、退職された方もいます。しかし本人が納得の上での結果であればお互いに良いのです。そして昨年は、たまたま自殺はゼロでした。
 健保に看護職がいるところもあります。社内に常勤しているわけではありませんが、出張相談を続けていると、様子がわかるようになり、不調の方がいると相談が入ります。その後の流れは同様です。これらは看護職がいることの最大のメリットではないかと感じています。ですから、数千人以上の健保ではぜひ看護職が必要であると思います。そして、各事業所を年に1回は巡回することが必要ではないでしょうか。人格に問題があったり、職場不適応と思われる方もいて、対応には苦労します。上手くいかないこともあるので、全て自分で背負いこむことがないように、管理職、労務や人事、産業医などと協力して対応することが肝要です。「あとはよろしく」という管理職もいますが、管理責任もあるので、上手に巻き込んでいく必要があります。労務や人事に対しては「復職や円満退職にならなかった時に慌てても遅いですよ」と巻き込んでください。お互いに報告、連絡、相談を密にしていけば、その事業所なりのシステムが出来上がってくるものです。
(おわりに)
 メンタルの問題は働き方や職場の雰囲気等が重要です。それらを理解した上で、時には上の方に相談しながら働きやすい職場をめざしてください。うまくいけば暇になるかもしれません!(リストラされる危険あり?)

事業者の立場から

富士電機リテイルシステムズ株式会社  取締役 管理本部長  西尾 格

 職場におけるメンタルヘルスケアには、3つの側面があると思っています。
 一つは、管理者層に対するメンタルヘルスに関する正しい知識の教育。
 二つ目は、予防的カウンセリングの実施。
 三つ目は、問題を抱えた従業員の治療とアフターケア。
 これらの多くの部分では、所謂病気を治療するという行為もさることながら、生身の人間としての従業員の心に直に接して、職場環境、業務内容、人間関係等の関わりの中で問題に取組むという行為が要求されるものと思います。

 産業看護職に対する事業者の立場での私の思い入れは、会社組織、職場の実情を理解し、従業員と目線を合わせて接して貰っていることに、非常に大きな価値があると見ています。従業員にとっては、心に抱える悩みや痛みを、話の分かる人に聞いて貰うことほど救われることはありません。最初に挙げた一つ目と二つ目が特に重要と考える由縁です。やや極論をすれば、医師が病気を見るのであれば、産業看護職は働く人間そのものを見る仕事であるということです。
 会社の中でのメンタルヘルスケア教育は、然るべき頻度で繰り返し行う必要を感じています。職場環境は、経済状況、会社の業況によって少なからず変化していますし、個々の従業員が受けるストレスの内容も質も絶えず変化していると思われます。特に管理者層が精神疾患について偏見を排し、適切な気配りを持って職場を管理し、部下に接する素地を作ることには、息の長い努力が必要でしょう。また一方では、こうした教育を通じて、心的障害に起因して会社に発生する可能性のある種々のリスクについて、認識を高めてゆくことも重要課題と考えています。

 従業員が健康で、前向きに仕事に取組める環境を作ることは、会社運営の基本の一つと思います。会社としては、メンタルヘルスケアの前線に立つ産業看護職に会社の経営実態を充分に理解してもらうことも重要と考えています。また、その認識をベースとして、個々の従業員の心のトラブルを人事部門、あるいは労働組合等の関連組織と連携を取って解析いただき、然るべき対応を取って行くことは、仕事からの離脱を未然に防ぐことはもとより、活力を維持向上させる大切な共同作業であると思うのです。

日本経団連の立場から

-経営者の視点から-
日本経団連 安全衛生部会委員 高橋信雄
(JFEスチール㈱)

1.事業場におけるメンタルヘルスケアのニーズ
 わが国では1998年に初めて自殺者数が3万人を超え、それ以降明白な減少の兆しがない。特に「働き盛り」の中高年男性の自殺者数が増えている。近年我国の社会状況が
急速に変化し人々のストレス要因が増加したことが主な原因と思われる。大競争時代と言われる経済情勢の変化、高度情報化の進展、高齢化・核家族化の進行等が心の健康を保ちにくくする要因となっている。
 この潮流は産業現場にも様々な影響を及ぼし、雇用方式の見直し、就労形態の変化、就業意識の変化、人間関係の希薄化等が加わって働く者のストレスが増えている。このため従来の健康診断を中心とした産業保健の枠組みによる取り組みでは充分でなく、メンタルヘルスケア施策の一層の充実が望まれている。
 このような状況にあって、各事業場では規模に応じて必要なスタッフを配置し対応を進めている。大規模事業場の場合、産業医、産業看護職、衛生管理者、臨床心理士等複数の専門スタッフを配置し、人事担当者、安全衛生担当者等と連携し進めるケースが多い。一方中小規模事業場においては産業看護職と安全衛生担当者等の、少人数で進めるケースが多い。
 いずれにおいても、産業看護職は「健康診断の実施と事後対応」「健康相談」「保健指導」「外部専門家との連携」「復職者支援」等多くの局面においてメンタルヘルスケアの大切な役割を担っている。
2.メンタルヘルス対策における具体的役割
 産業看護職に期待される主な役割を次に記す。

  (ア) 労働者の健康情報の感知
産業看護職は健康診断時の面接、職場巡視、健康相談、保健指導等、個々人の健
康状態、悩みを知る機会が多い。大事な情報を的確に把握し次ぎの対応に繋げるようにしたい。
 産業看護職は女性がほとんどであり、「比較的にいろいろなことを話やすい」という声が多い。じっくりと面談者の話を聞いて必要な情報を的確に把握するよう努めて欲しい。
  (イ) ケース対応
その後把握した問題に応じ、保健指導、経過観察、専門家への紹介・フォロー、
家族への連絡等、必要な対応を講じることとなる。いずれの対応を進めるべきか
産業看護職自身の判断によることがあるが、場合によっては産業医や精神科医
または臨床心理士等の専門家と相談しながら対応を進める。
  (ウ) 職場との調整
仕事の内容や量、他のスタッフとの関係、環境条件問題においては、職場の上司
と相談し、改善・調整を行なう。業務内容の変更や異動が必要な場合は産業医等と
相談しながら人事部門と連携し対応する。
  (エ) 復職者支援
療養のため休業していた者が復職する場合には、上司に相談し仕事の内容を考慮
するとともに、同僚に配慮を求める等の対応を進める。復職した後も時々様子を聞
きフォローすることを忘れてはならない。
  (オ) 安全管理への寄与
事業場で発生する災害の中には、「つい、うっかりして」「他のことを考えていて」
等の理由で起きてしまうものがある。悩み事やストレス要因が背景にあって仕事に
意識を集中できないためである。これらの防止にメンタルヘルスケア施策は有効で
ある。ストレスマネジメントの視点があれば、あるいは職場で相互に気遣う姿勢が
あれば災害に結びつく要因を低減できる。普段から教育・指導する機会をもちたい。
またアルコール依存や不眠で作業に支障をきたすケースもあり個別指導が必要で
ある。
さらには、重大災害の後に関係者がうつ症状に陥ることや自殺してしまうケー
スが時々みられる。これらの防止のために災害発生後、関係者のサポートを心がけることが大切である。
 このように安全管理の視点からも産業看護職に期待される役割がある。
  (カ) 組織の課題の把握と改善策の提言
産業看護職は面接や指導の場で、多くの従業員と比較的長く話す機会がある。したがって個々人の様子がよくわかることに加え、組織・集団の傾向や問題に気づくことがある。
そういう時、必要なことは職場の実情を理解した上で人事や安全衛生部門に、場合によっては経営者に内容を伝えて欲しい。そして労働者の健康確保のために、専門スタッフとしての高い見識に基いて、改善方策を進言するようにして欲しい。
これらの対応を進める上では適宜クライエントの了解を得、個人情報保護に留意する
ことは勿論である。
3.スタッフ体制と仕事の進め方
 大規模事業場では、メンタルヘルスに関する専門家がいることが多いので、産業保健スタッフ間で各人の役割を明確にし、相互に相談・協力しながら取り組むと効率的である。必要に応じ地域産業保健センターあるいは自治体に所属する専門家と連携し対応することが望まれる。特に看護職以外に専門的知識を有する者がいない事業場では外部の専門家と相談しながらケース対応や教育を進めるとよい。
4.その他
 本稿冒頭に示したように、産業看護職はメンタルヘルスケアの大切な役割を担っているので、ニーズに対応できるよう、専門性をもったスタッフがさらに数多く養成されるとよい。このための関係行政及び学会等の取り組みの拡充をお願いする

労働組合の立場から

日本労働組合総連合会 労働安全衛生担当 中桐 孝郎

 全国の労働組合の安全衛生対策をどうするかを担当して10年近くなりました。その最初から大きな課題が職場のメンタルヘルス対策です。それは今も変わらないどころか更に深刻な問題に発展しています。昨年の連合調査では、労働者の不安は、とうとうメンタルヘルスが生活習慣病を抜いて過労ストレスと共にトップになってしまいました。
 職場のメンタルヘルス問題の根本原因がリストラによる要員削減や成果主義の導入による長時間労働、ストレス増加にあることが解っていてもそれを転換させることはなかなか大変です。「時短」や「ワークシェアリング」の言葉は死語になった感がありますが、労働者が健康で働き続けることができる目標は変わりません。労働運動の再生はその目標の実現と共にあると思います。
 今度の労働安全衛生法の改正の中で、過重労働とメンタルヘルス対策の強化が重点対策の一つになりました。長時間労働者に対する医師による面接指導とメンタルヘスルのチェックが法で義務づけられましたが、そこで直面した問題は、産業医制度の現実です。産業医のいない50人未満の事業場は、この新しい制度の恩恵を少なくとも2年間は受けられないことになりました。法の適用が猶予されてしまったのです。産業保健スタッフは産業医だけではありません。日頃から労働者の健康指導や相談を担っている産業看護職の皆さんの力を借りることが必要です。2年間で産業医が急増することはありません。産業看護職の職務をきちんと法律で定めもっと活躍できることが重要です。その一方で政府の中には看護師さんを低賃金で海外から呼ぼうという動きが根強くあります。その場しのぎの政策では何も改善しないし、新たな問題を生むだけです。この機会に、労働者が生き生きと働き続けられる職場づくりを支援する政策・制度を政府は中・長期の展望を持って計画的に実行してほしいと考えています。
 産業看護職の皆さんの益々のご活躍を心から祈念しています。

労働局の立場から

福島労働局長  榎本克哉

 職場のメンタルヘルス対策は過重労働対策とともに今日における産業保健の大きな課題であるが、メンタルヘルスは人の心という客観的に把握・評価することが難しいものを対象にするだけに、実際の活動も専門的知識、経験、トレーニングを積んだ人々に頼らざるを得ない。
 職場のメンタルヘルス対策では、4つのケアを進めるための体制整備、職場環境の改善、関係者や労働者の教育や相談、メンタルヘルス不調者への個別支援、不調者の発生の予防等多岐にわたる取り組みや活動を展開することが必要となるが、産業保健の現場では産業医のほとんどが非常勤の嘱託産業医であるという現状を踏まえると、これらの活動を産業医だけで行っていくことは負担が大きく、難しい点も多いように思われる。メンタルヘルス対策の実効を上げるには事業場の産業保健スタッフの協力や事業場外資源の活用等を図っていくことが実際的であると思われる。その場合、メンタルヘルスの特質上、専門的な知識や技法を備えた人々が必要とされ、産業保健関係者の中でも保健師等は医療職としての専門的知識等を有しており、メンタルヘルスケアに関する専門的な素養が加わればメンタルヘルスケア活動を担う専門職の一員として適任と思われる。
 ところで、産業保健活動における保健師等の位置づけ・役割については労働安全衛生関係法令では健康診断の事後措置を担う者として保健師について規定はあるものの、衛生管理者と比較すればその役割は限定されたものとなっている。このような中、平成18年3月31日に厚生労働大臣名で「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が公示された。今後のメンタルヘルスケア対策はこの指針に基づいて展開されることとなるが、同指針では保健師等がメンタルヘルスケアの推進を担う事業場内産業保健スタッフの一員として位置づけられている。同指針の基となった「平成17年度 職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書」(厚生労働省から中央労働災害防止協会への委託)では、保健師等を保健師及び看護師と規定しており、更に保健師等に対するメンタルヘルスケアに係る資質向上のための研修の一つとして日本産業衛生学会産業看護部会の産業看護職研修があると述べている。今回の指針と報告書によってメンタルヘルスケアに関する産業看護職の位置づけと役割はかなりはっきりしたように思われ、産業看護職の社会的認知の観点からも意義は大きいと思われる。
 今後の活躍が期待される産業看護職であるが、現在の活動状況を見ると、ほとんどは比較的規模の大きな事業場での活動に限定されているようである。中小規模事業場など産業医が非常勤である事業場でのメンタルヘルス対策を進めるための産業医を補佐する実務に通じた人材として産業看護職の活用が図られるべきと考える。産業看護職の一層の活躍に期待する。

労働基準監督署の立場から

足立労働基準監督署長  白﨑淳一郎

 今般労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)の改正に伴い、「労働者の心の健康の保持推進のための指針」(以下「新指針」という。)が公示されました。新指針は通達から公示に格上げになっただけでなく、いくつかの点で旧指針より強化されました。
 その1つとして、4つのケアの中の「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」では、産業医などによる助言・指導を得ながら事業場のメンタルヘルスケアの推進の実務を担当する「事業場内メンタルヘルス推進担当者」を事業場内産業保健スタッフの中から選任するように求めています。そしてその担当者には、衛生管理者や常勤の保健師が選任されることが望ましいとされました。特に「保健師等」については、旧指針よりかなり踏み込んだ書き方となっており、それだけ産業看護職への期待が高まっているものと判断されます。
 そして、この新指針の措置は原則として産業医等の選任義務のある50人以上の規模の事業場についての措置を求めていますが、過重労働対策関連では施行は平成20年4月からですが、50人未満の小規模事業場であっても、1ヶ月の時間外労働が100時間を超えるような長時間である場合は、労働者が申し出れば事業者は、当該労働者をメンタルヘルスも含めて医師に直接面談させなければならなくなりました。従来は通達によるものでしたが、今回は法律による義務規定となったものです。これら小規模事業場の多くは産業医を選任せず地域産業保健センターを利用することになるものと思われます。
 安衛法では、医師による面談となっていますが、通達(平5.4.1事務連絡「地域産業保健センター事業の運営について」)によれば地域産業保健センターの保健指導として、保健師による相談活動や、戸別訪問産業保健指導ができるとされています。また、衛生管理者の資格を持つ看護師でも差し支えないとされています。地域産業保健センターに登録されている精神科医や心療内科医などのメンタルヘルスを専門とする医師は少なく、地域産業保健センターにおける保健師や看護師の役割と活動が期待されていると考えます。
 また、現在は法制度化されていませんが、資金力の少ない中小企業が共同で保健師等を選任し、企業のメンタルヘルス対策の中心に据えていくことも大いに役立つのではないかと考えられます。
 過重労働対策の「事業者が講ずべき措置」でも、体制づくりが重要なポイントとなっており、その核になるのが産業医や衛生管理者等の産業保健スタッフとされています。しかしながら、しっかりとした過重労働対策やメンタルヘルス対策をとれる体制を構築するには常駐に近いスタッフが必要と考えられるのに対して、事実上は50名以上の企業であっても法的には常駐でない嘱託産業医でもよく、衛生管理者も専任でなくても良いとなっているため、実際上はメンタルヘルス対策の体制構築はなかなかうまくいっておりません。
 その点、産業医よりも常勤で雇用される場合が多く、衛生管理者のように通常の仕事も兼務しなくてよい産業看護職を、職場のメンタルヘルス対策の体制整備の中心に据えることは大変有意義であると考えられます。また、実際に熱心に活動され、企業から頼りにされている産業看護職も多いと聞いております。
 ほとんどの監督署では、50人未満の小規模企業を相手に行政を展開していますが、心の健康づくりや自殺防止対策を中小企業に浸透させるには大変な労苦を感じています。
 産業看護職の方々が、大企業だけでなく中小企業あるいは地域産業保健センターにももっと雇用されて、他の産業保健スタッフとコラボレートしながらメンタルヘルス体制の中心として奮闘して頂ければ、大変ありがたいと考えています。

産業保健推進センターの立場から

東京産業保健推進センター  神山健司

 東京産業保健推進センターでは、事業場で産業保健活動を行う産業医や産業看護職などの産業保健関係者に対して産業保健研修の実施、ビデオ・図書の貸出、相談窓口の設置の業務を行っています。近年では働く人々の健康を取り巻く状況を反映してか、産業保健スタッフから職場のメンタルヘルス対策に関する研修等の要望が強く出されています。
 当センターでは、産業看護職を対象に昨年度「メンタルヘルス指針」、「うつ予防対策・自殺予防対策」、「傾聴技法」等のメンタルヘルス研修を23回実施しましたが、毎回数多くの産業看護職の方々が熱心に受講している姿を見て、職場のメンタルヘルス問題が深刻であること、職場で働く人々と身近に接する産業看護職の役割の重要性を強く感じました。
 昨年度、産業看護職に貸出をしたビデオは485件中219件がメンタルヘルス関係のものであり、また産業看護職からの相談の内容もメンタルヘルスに絡むものが多く寄せられており、この件数は年々増加傾向にあります。
 職場のメンタルヘルス対策を実施する上で、産業看護職の果たすべき役割は益々大きくなると思いますが、産業看護職からの相談で「産業看護職は労働安全衛生法上どのような職務・権限が付与されているのですか」と問われると、はたと返答に窮することがあります。職場のメンタルヘルス対策を推進する上で、産業医、産業看護職、衛生管理者等は中核的な役割を担っています。産業医、衛生管理者は法的にその職務権限と責務が明記されているにもかかわらず、産業看護職については明確な規定が設けられておりません。
 働く人々と日常的に身近なところで接している産業看護職の職務権限、責務の明確化は、職場のメンタルヘルス対策の推進のためにも必要なことだと感じます。
 働く人々が心身ともに健康な職場生活を送るためにも、産業看護職の方々のご活躍を期待します。

「職場のメンタルヘルス対策における産業看護職の役割」検討ワーキンググループ

委員長 河野啓子 四日市看護医療大学設立準備室
  相澤好治 北里大学医学部公衆衛生学
遠藤俊子 東京産業保健推進センター
川上憲人 東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野
島  悟 京都文教大学人間学部臨床心理学科
錦戸典子 東海大学健康科学部看護学科地域看護学
事務局 畑中純子 NTT東日本東京健康管理センタ

 
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