トップ > TOPICS - 話題 - > 石綿問題に関する本学会の見解について


石綿問題に関する本学会の見解について

 平成17年度第4回理事会(平成18年3月18日開催)において、標記を学会ホームページに掲載することが承認されました。
内容について、御意見がありましたら、aizawa@kitasato-u.ac.jp にご連絡頂ければ幸いです。石綿問題に関する非常設委員会(仮称)が、平成18年度から開設される予定で、学会の取組み方などについて審議致しますので、御意見を反映させて頂くことが可能と思われます。

平成18年4月11日

石綿問題に関する見解

産業衛生学会理事長
清水英佑

 平成17年6月下旬に(株)クボタが石綿による健康被害の状況を公表したことをきっかけに、石綿製品を製造していた企業から続々と被害が明らかにされた。労働者のみならず工場の近隣住民や労働者の家族にも中皮腫の発生があるとの情報から、国民全体が石綿による健康不安にとらわれる状況となった。このような不安の背景には、石綿が特殊な物質ではなく、身近で広範に使用されてきたものであり、誰しも石綿を吸い込んだ可能性があり、曝露から発症までに30~40年の潜伏期を持つ中皮腫が、致命率の高い難治性の疾患であるためと思われる。
 過去にも水俣病、イタイイタイ病等化学物質による健康被害が社会問題になったが、これらは特定の地域に留まった点が今回の石綿問題と異なる。また職域と一般環境の両者に及ぶ健康障害という面でも、問題の重要性が大きい。
 本学会では、その重要性を認識し、過去に遡り学会として社会的使命を果たしてきたかどうかを検証し、今後の本問題に対する提案を行うため、小委員会*を設けて検討した結果、下記のような見解を発表する。

1. 石綿問題の重要性
 石綿による健康障害の発生は職域が主であるが、中皮腫は地域住民にも発生している。石綿の製造等が全面禁止されても、石綿は建築材料など広範に存在するので、処理・解体などに際し、今後数十年曝露機会は続き、健康障害発生の可能性もあると予想される。しかも石綿肺、中皮腫・肺がんなどの悪性腫瘍発生という重大な健康影響を発生することを考慮すると、石綿問題は社会的に極めて重要な課題であると認識する。

2. 石綿関連疾患について
 良性胸膜病変(胸膜プラーク、良性胸水貯留、びまん性胸膜肥厚)、石綿肺、中皮腫(胸膜、腹膜、心膜、精巣鞘膜)、肺がんなどが石綿曝露に関連する疾患と一般に認められている。石綿肺および肺癌は職業性曝露など高濃度曝露により発生するが、胸膜プラーク、悪性中皮腫は低濃度曝露でも発生すると考えられている。本学会の目的から、対象範囲を職域を中心とするが、周辺地域に関連する分野についても検討対象とする。

3. 政府の労働衛生対策
 わが国の石綿曝露防止対策は、1971年に特定化学物質等障害予防規則が制定され、1975年に石綿吹付け作業の原則禁止等、1995年に青石綿と茶石綿、2004年に白石綿の製造等禁止がなされた。これらは、ILOによる石綿職業がん危険性の指摘(1972年)、 ILO石綿条約採択(1986年)、 WHOの青・茶石綿使用禁止勧告(1989年)など国際的な動向と比べて、遅れたことは否めない(表1)。その理由は、本邦で健康問題が顕在化する時期が遅れたこと、省庁間の連絡が円滑でなかったことなどであると思われる。
 今回の事件の発生後、厚生労働行政の対応は迅速であり、石綿の全面禁止に向けた報告書も平成18年1月に作成された。また中皮腫と肺がんについて、工場周辺住民、従業員の家族、時効で労災申請ができなかった遺族に対する「石綿救済新法」が平成18年2月に成立し、3月から施行されることになった。また中皮腫の労災認定基準が、「じん肺法で定める胸部エックス線写真の像が第1型以上である石綿肺の所見が得られていること」か「石綿曝露作業への従事期間が1年以上であること」のどちらか一つに該当すればよいことになった。

表1.石綿問題に対する国際動向、行政と日本産業衛生学会の対応の変遷

年代 国際動向 わが国の対策 日本産業衛生学会の動向
1970 ILO,WHO石綿職業がん危険性(72)
IARC肺がん・中皮腫関連性(72)
IARCヒトに発がん性(77)
特定化学物質等中毒防止規則(71)
環境庁6回以上通達(海外で周辺住民に中皮腫発生、大阪で肺内石綿)(72-87)
石綿吹きつけ禁止(75)
作業環境評価基準2本/ml以下(76)
代替化促進通達(76)
周辺住民が中皮腫で死亡の通達(76)
学会報告10題(70年代)
1980 WHOが発がん性を指摘(80)
EU指令で青石綿原則禁止(83)
ILO石綿条約採択(86)青石綿禁止
英国が青・茶石綿全面禁止(86)
独国が青石綿禁止(86)
仏国が青石綿原則禁止(88)
WHO青・茶石綿使用禁止勧告(89)
大気汚染防止法改正で敷地境界基準10本/L以下(89) 学会報告73題(80年代)
じん肺研究会(じん肺研):じん肺者の肺機能評価(82)
ミニシンポ:じん肺に関する肺機能検査の検討(83)
じん肺研:石綿の健康管理体系をめぐって(84)
じん肺研:石綿胸膜病変の臨床診断の実際(85)
シンポ:じん肺の健康管理(86)
じん肺研:石綿取り扱い基準(ILO)と管理上の問題点(87)
特別報告:in vitro試験による石綿肺及び石綿代替鉱物の変異原性
1990 EC指令で角閃石系全面禁止(91)
独国が全種類原則禁止(93)
仏国が青石綿原則禁止(94)
仏国が全種類原則禁止(97)
石綿対策関係省庁連絡会議(90)
青・茶石綿の禁止(95)
学会報告96題(90年代) 
じん肺研:じん肺標準写真の国際的動向(90)
じん肺研:じん肺と肺癌(91)
特別報告:石綿繊維による発がんの機構(93)
フォーラム:アスベストの労働衛生問題(94)
ILO石綿条約(162号)・勧告(172号)検討結果の掲載(産衛38巻, 96)
じん肺研究会から職業性呼吸器疾患研究会(職呼研)に改名(96)
職呼研:症例集作成(98)
2000 温石綿の原則禁止(04)

作業環境評価基準0.15f/ml以下(05)
石綿障害予防規則施行(05)
石綿障害労災認定基準の改正(06)、石綿救済新法(06)
学会報告50題(00-05年)
許容濃度等委員会:石綿評価値10(-3)リスクを0.15f/ml(00)
職呼研:肺癌の疫学、がん原性リスク評価(00)
職呼研:石綿の許容濃度勧告、国際動向(01)
特別報告:クリソタイル石綿の発がん性について(02)
職呼研:粉じんと肺がん(02)
特別報告:アジア諸国における石綿問題の現状(03)
職呼研:今後の石綿曝露、石綿健康障害補償の現状と課題(04)

4. 日本産業衛生学会の対応について
本学会では、1970年頃から2005年まで総会一般演題で約300題の発表があり、特別報告、シンポジウム、研究会活動などで石綿健康障害について数多く発表されてきており、会員の問題意識は極めて高かったと考えられる(表1)。石綿製造ないし取り扱い事業所のある地域の医療機関から石綿関連疾患の症例報告、調査結果、石綿関連疾患の臨床像に関する報告が発表されている。石綿曝露労働者の健診結果や健康保険資料の解析、作業環境管理などについても報告が行われてきた。動物実験、生体試料を用いた免疫学的研究、がん化の機序についての研究も数多く報告されている。また石綿の有害性に対する知識の欠如、労働衛生保護具使用の低さについて警鐘を鳴らす報告も見られた。
 しかし関連学会との共同作業や十分な討議は行われず、関連する研究会活動も集会のテーマとして取り上げることはあったが、問題の重要性を評価し、学会として意見を集約するには至っていない。職業性呼吸器疾患研究会は、石綿関連疾患を始め職業性呼吸器疾患に関して、特別報告、自由集会などの場で議論をしてきたが、石綿について意見をまとめ、理事会に提案することはなかった。労働衛生関連法制度等委員会も、一時石綿問題が議論に上ったが、意見の発表に至らなかった。したがって、科学的知見の集積はかなり行われたが、社会医学的に行政や産業界に対し、予防対策を働きかけるところまで機能しなかった本学会活動については、反省すべきであると考えられる。
 許容濃度等に関する委員会を中心とした、物質の曝露基準などの策定は、社会への貢献度という面では極めて重要な活動である。石綿については、生涯で過剰に発生するがんのリスク(過剰発がん生涯リスク)の大きさに対応する濃度の評価が可能であったので、過剰リスクの大きさ(10-3または10-4)とそれに対応する濃度、すなわち評価値が2001年に示された。この時期は国内、国外とも石綿製造等の禁止に向かう時期であり、石綿障害予防にどの程度寄与できたか議論のあるところである。下記に、経緯を詳細に述べる。

  1. 許容濃度の新設
     本学会の前身である日本産業衛生協会は、1962年、松藤元を委員長とする許容濃度等委員会粉じん班を組織し、粉じんにかかる許容濃度の検討を開始した。じん肺法が公布された2年後のことである。その結果、1965年に表2に示す許容濃度1)が勧告された。

    表2.1965年の許容濃度

    物質名 許容濃度
    第1種粉じん  遊離珪酸30%以上の粉じん・
     滑石・ろう石・アルミニューム・
     アルミナ・珪藻土・硫化鉱・石綿
    2mg/m3
    第2種粉じん  遊離珪酸30%以下の粉じん
     酸化鉄・黒鉛・カーボンブラック・
     石炭
    5mg/m3
    第3種粉じん  その他の粉じん 10mg/m3

     対象粉じんは3種類に分類されたが、この分類は、300例に及ぶ塵肺剖検例と実験的塵肺の検討を基に同粉じん班の宝来ら2)が提案した、じん肺を発生させる粉じんの有害度分類(高度有害・中等度有害・軽度有害)に対応したものである。
     石綿が第1種粉じんに分類された理由は明らかにされてないが、石綿自体の健康障害に関する研究は、わが国では1950年前半から宝来、瀬良、横山、佐野らによって進みつつあった。Horaiら3)は、石綿紡織品を製造していた国内有数の石綿工場の気中粉じん重量測定と従業員健診を行い、最大濃度は切断工程の1968mg/m3、石綿肺所見は329人中69人(20.9%)に観察されたことを1961年に報告している。また、石綿肺の剖検例も吉岡ら4)、瀬良ら5)によって1958年に相次いで報告されている。さらに、1957年と1958年の両年には労働省試験研究として「石綿肺の診断基準に関する研究」の報告書が提出されている。こうした石綿肺に関する基礎的な知見の蓄積が、石綿を有害性の最も高い第1種粉じんの一つに分類させた背景になっていると考えられる。
     その第1種粉じんの許容濃度を2 mg/m3とした根拠は、輿と坂部6,7)の珪酸粉じんの肺内沈着に関する理論的研究にあったことが、三浦8)によって述べられている。輿ら6)は、一定量の珪酸が肺胞内に沈着して致命的な珪肺を発症させると仮定し、剖検肺に残存する珪酸量を、珪酸の曝露量と体内に取り込まれた後の溶解度や曝露終了後の経過年数などの関数として表現した上で、海外で報告された13人の珪肺死の剖検肺に含まれた珪酸量等をこの理論式に投入して、許容濃度を推定している。それによれば、20年間吸入して致命的な珪肺を生じさせる粉じん濃度は1.797 mg/m3との結果7)が得られている。これを丸めた値、すなわち2 mg/m3が第1種粉じんの許容濃度として勧告されたという8)
     このように、1965年当時の石綿の許容濃度は、珪酸の有害性を根拠にしたものを援用したものであり、規制基準に関するわが国独自の設定方法であったと考えることができる。

  2. 1974年の改訂
     表3に1974年改訂9)の許容濃度を示す。この時の改訂は次の3点に特徴づけられる。一つは「石綿粉じんの許容濃度」として石綿を他の粉じんから独立させたこと、一つは石綿を繊維によって分類した上で、クロシドライトの許容基準を他の石綿繊維の許容濃度を「はるかに下回る必要がある」としたこと、そしてもう一つは許容濃度の測定単位を重量濃度から繊維濃度へと変更したことである。

    表3.1974年の許容濃度
     クリソタイル・アモサイト・トレモライト・
     アンソフィライト・アクチノライト
     時間荷重平均:5μm以上の石綿繊維で2繊維/ml
     (これに対応する石綿粉じんの重量濃度は0.12mg/m3
     ceiling値 :5μm以上の石綿繊維で10繊維/ml
    (いかなる時も15分間の平均濃度がこの値をこえてはならない)
     クロシドライトの許容濃度については、これらの濃度をはるかに下回る必要がある。

     当時の「石綿粉じんの許容濃度の改訂勧告」理由9)には、国際的に「石綿肺のみでなく肺および消化器のガンおよび中皮腫が注目されるよう」になった一方で、わが国の「現行(1965年)許容濃度」は外国に比べ「きわめて高い」と認識されるに到ったことが述べられている。
     わが国では、少し時期がさかのぼるが、1960年に瀬良ら10)が石綿肺に肺がんを合併した本邦初の剖検例を学会発表している。混綿作業に35年間従事していた61歳男性の左肺上葉肺門部に未分化腺がんを証明した剖検例である。発表時点で瀬良らは「本例はがん年齢であるほか、その発生位置および未分化腺がんである」ことから、石綿曝露とは「直接の関係がないものと思われる」と報告している。しかし、その後、石綿の肺がん合併例の経験を重ねた瀬良11)は剖検した石綿肺13例中4例に肺がんが認められたこと、その割合は珪肺の場合の倍であることを1971年に報告、さらには既発表症例も含んだ石綿肺合併肺がんの10症例を1973年に報告12)するに到っている。一方、中皮腫については、小泉ら13)が1973年に石綿加工業に40年間従事していた63歳男性の剖検で発見された腹膜中皮腫を、さらに姜ら14)は1974年に同じく石綿加工業に従事していた65歳男性の剖検で発見された胸膜中皮腫を、それぞれ本邦初の症例として報告している。
    この頃、国際的には、石綿の発がん性は確実なものとして認識され、石綿繊維別の有害性については、Wagnerら15)の報告からクロシドライトの有害性は相対的に高いとの認識が形成されていた状況にあったと考えることができる。
     本学会許容濃度等委員会の粉じん許容濃度検討班では、こうした背景を踏まえつつ、BOHSとNIOSHの報告を中心に改訂論議を進めている。前者は1968年の報告16)で、後者は1972年の報告17)である。検討班は、2つの報告書から「現在利用しうる(石綿肺との)定量的関係はクリソタイルによる石綿以外にない」、「クリソタイル以外の石綿に対する曝露に関しての情報が不十分な現状では、クリソタイルに対する衛生基準を他の石綿に対して利用させざるをえない」、「石綿と発がんとの間に定量的関係はない、現在危険のない濃度を確定することは困難である」などを引用紹介している。その上で、「利用しうる確かな情報が無いため、英国の資料(1968年British occupational hygiene society (BOHS)報告16))に頼らざるを得ず」さらに、「石綿による肺がんその他の新生物を考慮に入れるなら」、英国が定める「2繊維/mlに許容濃度」を設定するとしている。「石綿が発がん性をもつ」ため「許容濃度が決められない」という考え方もあるが、「曝露が極めて低濃度のときは、過度の肺がん発生は見出しがたい」とも述べている。また、「すべての産業上使用されている石綿は中皮腫をおこし得るが、危険はクロシドライトで最も大きく、アモサイトではそれより少なく、クリソタイルでは明らかに少ない」としている。
     このような立場から、同検討班は前述の表2を改訂案として提出し、1974年正式に承認された。なお、従来の許容濃度である2mg/m3は、表2に示された重量濃度と繊維濃度との対応から、およそ33繊維/mlと推定される。クロシドライトについては、クリソタイル等の許容濃度を「はるかに下回る必要がある」としたものの、具体値は定められなかった。この時、15分の短時間曝露で示される天井値も新設され、標準的な測定法としてメンブレンフィルター法またはX線回折法による繊維数法が導入された。

  3. 1981年の改訂
     1981年の改訂は、前回の改訂で値が定められなかったクロシドライトの許容濃度を0.2繊維/mlとしたもので、他の繊維についての変更はない(表4)。この時の提案理由書18)には、「ACGIHの暫定値である0.2繊維/mlをとることとした」と述べられている。

    表4.1981年の許容濃度
     クリソタイル・アモサイト・トレモライト・
     アンソフィライト・アクチノライト
     時間荷重平均:5μm以上の石綿繊維で2繊維/ml
     (これに対応する石綿粉じんの重量濃度は0.12mg/m3
    ceiling値 :5μm以上の石綿繊維で10繊維/ml
     (いかなる時も15分間の平均濃度がこの値をこえてはならない)
     クロシドライト  0.2繊維/ml

    このクロシドライトに関するACGIHの暫定値は1978年に提案されたTLVで、1980年に確定されたものである19)。クリソタイルについては2繊維/ml、アモサイトについては0.5繊維/mlとされた。クリソタイル単独曝露の肺がん死亡リスクが2.4倍であるのに対して、クロシドライトとの混合曝露の場合のリスクは5.3倍20)である。1960年から1975年までに国際的に収集された中皮腫症例の解析21)によれば、その多くがクロシドライト単独または他の繊維との混合曝露であり、それらの者の全死亡に占める中皮腫死亡割合が6.1%に対し、クリソタイル単独は0.3%であるといった報告などが、クロシドライトのTLVを他の石綿繊維よりも低く設定した理由になっていると考えられる。しかしクロシドライトのTLVを0.2繊維/mlとした根拠は明らかでない。英国政府は既に1969年にクロシドライトのみを0.2繊維/mlと定めていたが、この決定が参考になっていると推測される。

  4. 職業性発がん物質表への掲載
     1960年代前半に始まった疫学研究22-23)は、その後も着実に増え、特に1970年代後半から1980年代にかけては、多種多様な石綿取扱い労働者を対象とした大規模な、しかも量反応関係を検討した報告が次々となされ、石綿の発がん性に関する証拠は不動のものとなるに到っている。
     この頃、本学会は、従来から公表し続けてきた許容濃度の勧告値と並列して、職業性発がん物質表を新設することを決定した。これを受けて、1981年には13種類の職業性発がん物質の暫定表が提案され、その翌1982年にそれがそのまま承認・確定24)された。石綿はそのうちの一つであったが、許容濃度の値自体には変更は加えられなかった。

  5. 許容濃度改訂の動き
     その後、1986年に改訂の動きがあった。許容濃度等に関する委員会委員長に宛てた「石綿粉じんについて」という斎藤25)の質問が契機となっている。質問の中で斎藤は、日本がクロシドライトを除く石綿繊維の許容濃度を2繊維/mlとしたのは1968年のBOHS報告16)に基づいているが、そのBOHSが根拠とした疫学調査について「新しく調査をやりなおした結果」、従来の半分に相当する累積曝露量で同じく1%程度の健康影響が出現することが判明し、こうしたことを受けて英国では1984年からクリソタイルは0.5繊維/ml、アモサイト、クロシドライトは0.2繊維/mlに改訂されたことを指摘した。その上で、わが国で依然としてクロシドライトを除く石綿繊維の許容濃度を2繊維/mlとしている理由について回答願いたいというものであった。これに対して委員長は、「現在の数値が明らかに間違っているとは考えていない」が、「石綿に関する量反応関係の知見が若干補強され、各国でもexposure limitの見直しが行われている」との判断を示し、「許容濃度改訂への提案とうけとめ早急に対処したい」と答えた25)。 
     1987年に石綿に関する小委員会が発足し、発がん物質についての小委員会と並行して進めることになった。小委員会の担当委員が大学の要職に就き、その後健康を害したこと、日本バイオアッセイ研究センターでの吸入実験が実施中であったこと等の理由で、検討は行われたが提案に至らなかった。
     その後、1996年には「石綿粉じん濃度の許容濃度」26)は、表5のごとく、クリソタイルとクロシドライト以外は検討中と表示され、さらに1998年には表6のごとく全ての繊維が「検討中」と表示27)されるにいたっている。

    表5.1996年の許容濃度
     クリソタイル  2繊維/cm3
     クロシドライト  0.2繊維/cm3
     アモサイト、トレモライト、アンソフィライト、アクチノライト  (検討中)

    表6. 1998年の許容濃度
     クリソタイル  (検討中)
     クロシドライト  (検討中)
     アモサイト、トレモライト、アンソフィライト、アクチノライト  (検討中)

  6. 2001年の改訂
     20年余ぶりの改訂となった2001年改訂は、その後の内外の知見を受けて、従来の許容濃度勧告とは大きく異なる特徴をもったものになった。それは、リスクアセスメントの手法を導入し、過剰発がん生涯リスクに対応する評価値を提示したことである。本学会許容濃度等委員会石綿小委員会は、Occupational Safety and Health Administration (OSHA)の量反応関係統計モデル、すなわち肺がんについては相対リスクモデル、中皮腫については絶対リスクモデルを採用し28)、いくつかの前提条件をおいて、表7の値を提案し、評価値として承認された29)

    表7.2001年の評価値
    物質名 過剰発がん生涯リスクレベル 評価値
     クリソタイルのみの時 10-3  0.150繊維/ml
    10-4  0.015繊維/ml
     クリソタイル以外の
     石綿繊維を含むとき
    10-3  0.030繊維/ml
    10-4  0.003繊維/ml

     本学会は、すでに1997年以来、第?群すなわちヒトに対して発がん性のある物質のうち、その曝露によって過剰発がん生涯リスクに対応する濃度の評価が可能な場合、過剰リスクの大きさ(10-3または10-4)とそれに対応する濃度、すなわち評価値を示している。この方針にしたがって、石綿にかかる2001年改訂は表6のごとき評価値となっている。本学会が第1群に分類している発がん物質は暫定物質も含め25種30)あるが、2005年現在、許容濃度ではなく評価値が勧告された発がん物質はベンゼン、ヒ素およびヒ素化合物、そして石綿のみである。これら3種類の物質については、許容濃度表には物質名として残されているが、対応する許容濃度欄には「表III-2 過剰発がん生涯リスクと対応する評価値」を参照することと記載されている。
     こうした評価値の設定は、曝露労働者の生涯にわたる過剰死亡を具体的に算出し得る情報を持つ、質の高い疫学研究がそろった物質に自ずと限定されてしまうが、より重要なことは、当該物質によるリスクをゼロとするような曝露量の境界、すなわち閾値が無いという仮説を採用している点である。石綿などの発がん物質がこれに該当する。OSHAはリスクの大きさを推定した後に、対策技術等の観点から実現可能性を評価して、最終的にpermissible exposure limits(PEL)を決定している。本学会が定める評価値はそのような性格ではない。WHOは、技術的・経済的な側面を全く考慮せず、専門家が判定した科学的データだけに基づいた規制基準、occupational exposure limits (OEL)の設定を推奨31)している。本学会が評価値を「労働衛生についての十分な知識と経験をもった人々が、発がん物質の労働衛生管理を行うための参考値(2001)」であり、「あくまで医学生物学的に求められた値(2005)」と位置づけていることからも理解できるように、評価値はWHOのOELの考え方に類似している。

  7. 石綿障害対策への提案

    1. 行政への提案
      1. 曝露者に対する健康管理手帳交付
         現在は、安衛則53条で、石綿については、「両肺野に石綿による不整形陰影があり、又は石綿による胸膜肥厚があること」が交付要件となっている。しかし石綿肺や胸膜肥厚がなく、中皮腫および肺がんを発生する例もあるので、「石綿を取り扱う作業に一定期間明らかに従事した場合」は上記の要件がなくても健康管理手帳を交付すべきであると考えられる。
      2. 中皮腫および肺がんの労災認定基準改定の検討
         両疾患の認定基準に、石綿曝露作業歴、石綿肺または、胸膜プラーク、石綿小体ないし石綿繊維の検出のいずれかが挙げられていたが、平成18年2月9日基発0209001号で、中皮腫と診断されれば、石綿肺がなく、胸膜プラーク、石綿小体又は石綿繊維が認められない場合でも認定されるように改正された。肺がんについては、石綿小体又は、石綿繊維量が一定量以上認められたものは、石綿曝露作業従事期間が10年に満たなくても認定することになった。肺がんの場合、石綿以外に発がん因子を吸入する恐れはあるが、明らかな石綿曝露歴があっても認定されない例も散見されるので、認定されやすい方向に基準が策定されることが望ましい。
      3. 事業所周囲への石綿発散可能性の高い地域での追跡調査
         30-40年といわれる中皮腫の潜伏期間を考慮すると、石綿発散事業所周辺の住民調査は長期に行う必要がある。また当該事業所内の作業環境に関する情報は、労働衛生学的にも貴重な資料であり、開示すべきであると思われる。
      4. 事業所別労災件数発生等状況データベースの適切な公開
         事業所単位の労災件数等の労災発生状況の詳細情報は労働衛生学的資料としても価値があり、その内容に多くの研究者がアクセス可能で、調査研究できる体制が必要と思われる。とくに石綿関連疾患のように事業所集積性の見られる疾患では、データベースの利用により、より早い対応が可能となる。
      5. 労働基準法適用外労働者の健康管理について
         自営の建設作業者は、石綿曝露の可能性が大きいが、労働基準法に適用されておらず、職域の健康診断受診の機会がないので、健康管理上の配慮がなされるよう行政的対処が必要と思われる。また石綿に曝露する機会のある、あるいはあった船員についても配慮が必要である。
      6. 作業関連呼吸器疾患登録事業
         呼吸器は有害要因の直接曝露器官であるため、規制外有害物質の標的臓器になる可能性が大きいので、中皮腫登録と共に、作業関連呼吸器疾患の疾病登録を行い、規制外新規物質の職業性曝露物質との関連性を早期に発見できるシステムを構築する。
      7. 石綿代替品の安全性評価機構の設立
         石綿の使用等を禁止しても、同様の形状を持つ各種代替品を使用する必要があるので、それらの使用前に、細胞、組織、動物実験などにより、常時安全性を評価するシステムを構築する必要がある。また曝露作業者に対するコホート研究を開始して、疫学的に安全性を評価することが労働者の健康を確保する上で重要である。
    2. 学会活動
      1. 石綿関連疾患の胸部エックス線写真集の整備
         典型的な石綿吸入による胸部エックス線検査所見と作業環境のデータおよび画像をデジタル化して収集し、学会員の技能向上学習に役立てる。学会ホームページ、学会誌などに掲載し、広く学会員の自己研修に寄与する。
      2. 研修会、公開講座の開催
         学会員および社会人に対し、石綿健康障害、その予防法、労災認定手続きなどに関する研修会、公開講座などを開催し、啓発を図る。学習プログラムの作成、人材養成を学会の事業として行う。他学会や労災病院などの機関との連携を行い、プログラムの質的向上を図る。
      3. 石綿関連疾患症例の情報収集
         石綿関連疾患症例の情報の収集を、他学会との連携により行い、学会員の本疾患に関する知識の向上を図る。
      4. 石綿問題対策策定のための非常設委員会の設置
         石綿問題は今後数十年間続くと考えられ、学会として科学的および社会的に貢献できるプログラムを策定、提案する非常設委員会を設置する。具体的には上記学会活動の計画、支援を行う。
      5. 国際労働衛生への貢献
         石綿問題は国際的な広がりを見せ、特にアジア諸国での発生予防が図られねばならない。本学会は、それらの諸国政府および関連機関に協力して、石綿問題発生予防に尽力する必要がある。
      6. まとめ
         石綿による健康問題は、天然物質が原因となり職域だけでなく、一部の地域にも広がる重篤な健康影響を発生した。こうした事例の発生防止に貢献すべき専門学会である本学会は、この事実を真摯に受けとめ、反省すべきところは十分反省し、今後労働者は勿論、国民全体の健康確保に貢献するために必要な学会としての行動をとることが、必要と考えられる。

        *小委員会:相澤好治(委員長)、日下幸則、車谷典男、甲田茂樹、東 敏昭、広瀬俊雄
    3. 文献

      1. 日本産業衛生協会許容濃度等に関する委員会(1965) 許容濃度の勧告(1965年)、産業医学 7:374-376
      2. 宝来善次、瀬良好澄、佐野辰雄(1962) じん肺における粉じん許容濃度について(生体内粉じん反応の総括)、産衛許容濃度等委員会報告(三浦豊彦(1963) 粉じんの許容濃度について-各国の許容濃度と許容濃度の考え方-、労働科学 39:157-170から引用)
      3. Horai Z and Ueshima M (1961) Studies on asbestosis, J Nara Med Assoc 12:1148-1158
      4. 吉岡俊一、伊藤信行、西山真夫(1958) 石綿肺の1剖検例、奈良医学雑誌 9:509-514
      5. 瀬良好澄、田中昂、横山邦彦、宮地徹、小田富雄、神原信明、渡辺定男、永友知勝、沢田完一(1958) 石綿肺症の2剖検例、診療 11:340-344
      6. 輿重治、坂部弘之(1954) 粉じん恕限度の理論的基礎-シリカ粉じんについて-、労働科学 30:552-564
      7. 輿重治、坂部弘之(1954) 粉じん恕限度の理論的基礎(?)-シリカ粉じんについて-、労働科学30:677-690
      8. 三浦豊彦(1969) 空気中粉じんの許容濃度に関する二、三の考察、労働科学 45:55-68
      9. 粉じん許容濃度検討班(1973) 石綿粉じんの許容濃度の改訂勧告、産業医学15:289-294
      10. 瀬良好澄、田中昴(1960) 肺癌を合併した石綿肺の1剖検例、産業医学2:326-327
      11. 瀬良好澄(1971) 石綿作業と肺疾患、労働の科学 26:4-12
      12. Sera Y, Kang KY and Yokoyama K (1973) Asbestosis and lung cancer in Osaka Sennan district, GANN 64:313-316
      13. 小泉岳夫、枡田一男、満谷夏樹、椋田知行、石津弘視、桜井幹巳(1973) Asbestosisを伴った腹膜中皮腫の1例、日本内科学会誌 62:783-787
      14. 姜健栄、瀬良好澄、横山邦彦(1974) 石綿肺に合併した胸膜中皮腫の1例、日胸疾会誌 12:458-464
      15. Wagner JC, Sleggs CA and Marchand P (1960) Diffuse pleural mesothelioma and asbestos exposure in the north western Cape Province, Brit J Industr Med 17:260-271
      16. Committee on hygiene society of the British occupational hygiene society (1968) Hygiene standards for chrysotile asbestos dust, Ann Occup Hyg 11:47-69
      17. NIOSH (1972) Criteria for a recommended standard, Occupational exposure to asbestos, US Public Health Service
      18. 日本産業衛生学会許容濃度等委員会粉じん班(1980) 粉じん-提案理由、産業医学 22:436-439
      19. ACGIH(1998) Asbestos, all forms
      20. Enterline PE and Henderson V (1973) Type of asbestos and respiratory cancer in the asbestos industry, Arch Environ Health 27:312-317
      21. McDonald JC and McDonald AD (1977) Epidemiology of mesothelioma from estimated incidence, Prev Med 6:426-446
      22. Mancuso TF and Coulter EJ (1963) Methodology in industrial health studies, Arch Environ Health 6:210-226
      23. Selikoff IJ, Churg J and Hammond EC (1964) Asbestos exposure and neoplasia, JAMA 6:142-146
      24. 日本産業衛生学会(1982) 許容濃度等の勧告(1982)、産業医学24:528-533
      25. 斎藤宜照(1986) 編集者への手紙-石綿粉じんについて-、産業医学 28:487
      26. 日本産業衛生学会(1996) 許容濃度等の勧告(1996)、産業医学38:172-191
      27. 日本産業衛生学会(1998) 許容濃度等の勧告(1998)、産衛誌40:129-153
      28. Occupational exposures to asbestos, tremolite, anthophylite, and actinolite, Occupational safety and health administration federal register (1986) 51:22612-22790(邦訳:車谷典男・熊谷信二・天明佳臣訳編(1990) アスベストの人体への影響-リスクアセスメントと疫学的知見、中央洋書出版部、東京、1-180)
      29. 日本産業衛生学会許容濃度等に関する委員会(2000) 発がん物質の過剰発がん生涯リスクレベルに対応する評価暫定値(2000)の提案理由、産業衛生学雑誌 42:177-186
      30. 日本産業衛生学会(2001) 許容濃度等の勧告(2001)、産業衛生学雑誌 43:95-104
      31. WHO (1989) Occupational exposure limit for asbestos. Reports prepared by a WHO Meeting, WHO publications
 
個人情報保護方針 |  サイトマップ |  リンク |  お問い合わせ